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短編集『ホッとする話』

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十五 近くて遠い甲子園



    〜 一回表 〜

 歓声沸き起こる、天高く馬肥ゆる秋のグラウンド。夏を終えても球児たちの季節は終わらない。来春に向けた予選とも言える戦いは既に始まっており、各校それぞれ大きな目標に向けて作戦を立てている。

 九回裏二死一塁、得点は2対0。一回早々の味方の援護で、ピッチャーの雄飛は自分のペースでゲームを作ることができ、この回まで無失点を貫いてこれた。そして、アウトを取れば最後になるバッターを間に挟みマウンドでキャッチャーとサインを取り合った。
「真ん中、落ちるチェンジアップでどないや?」
「いやいや、内角低めのストレートでしょ」
「強情やな……」
無言のコンタクトで雄飛は自分のわがままを通すと、18.44メートル先にいるキャッチャーの伸也が折れて注文通りミットを内角低めに構えた。
 雄飛は背後のランナーを目で制しながらセット。グラブのなかでストレートの握りを作った。
「インロー、直球、自分の一番得意」
左足が上がった。

   勝ち気で押し切れ

 雄飛の脳裏に閃いた選択に迷いはなかった。迷わずに持てる力を余すことなく出せば必ず実を結ぶ。夏の予選は惜しくも準決勝で敗れたが、この秋季の県下大会も強豪校ひしめくこの地区で、推薦入試や体育科のないごく普通の公立高校で三位に入賞し、春の甲子園の最終選考ともいえる地区大会への切符を創部以来初めて手にしたのだ。
「見てろ、毬奈!」
 雄飛はミットめがけて全神経を指先に集めボールを投げた。バッターは微動だにせずボールがミットに収まると、審判の腕が真っ直ぐ天を差した。
「ストライク、バッターアウト!」
「ヨシッ!」
 判定を確認して雄飛は右手でグラブを叩いた。審判のゲームセットの号令でフィールドに集まる9人とベンチにいる補欠の部員は中央に集まった。準々決勝進出、未踏峰の頂きがおぼろげながらに見えてきた。

「ありがとうございました!」
 ホームで整列して挨拶、そしてチームは三塁スタンドに向けてもう一度挨拶をした。頂きは、そこにあるのが見えているだけで、そこへ至るまでの道のりはまだまだ長く、険しく、そしてどんなものであるのかを知る者はチームの中に誰も、いない。