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短編集『ホッとする話』

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 小さい頃からこの観覧車には何度も乗っているが、今までにも相席することは何回かあった。それはそれでいいと思っている。何故なら相席したときは楽しかったような気がしているし、滅多にないラッキーなことだと思うからだ、自分もその相手も。例えば、彼氏とデートしている時にそうなったら気まずいのだろうが、その時に相席になったことは一度もない。とにかく、私見では全然嫌ではなかった。
 相席の女の子。目がくりくりしていて可愛らしい。自分も子供ができたらこうやって観覧車に乗せてあげるのかなと思いながら、景色を見るのを忘れて仲のよい親子の様子に視線を奪われた。
「ほーら、葵。大人しくしなよ」
 目の前のお父さんははしゃぐ娘の腰を捕まえた。その言葉を聞いて私は思わず大声で返事をしてしまったのだ。
「えっ?」
お父さんは娘ではなく私を見てビックリした様子で私を見ていた。私は、思わず返事をした経緯を話してもいいと思い、つい吹き出してしまった。 
「この子、葵ちゃんというのですか?」
「そうです」
「実は、私も『葵』なんです――」
「はぁ、それで思わず返事したのですな」
「私も何だか父に呼ばれたような気になって、つい……」
お互いに笑いあった。
「今日が、誕生日なんです。五月一五日生まれなので『葵』にしようと父が名付けてくれたのですよ」
「奇遇ですね。うちの葵も今日で三歳なんですよ」
 小さな葵ちゃんは私にに一生懸命練習したであろう「3」を指で表現しようとする。
「まぁ。葵ちゃん、おいで」
 私が両手を広げるとこぼれそうな笑みを浮かべて私のところに来た。
「おや、これは珍しい」お父さんがポツリと呟いた。
「人見知りする子で、知らない人にはなつかないのですが」
「そうですか、私は保育士でしたから……」
「『でした』ですか?」
 お父さんの視線が下がるのが見えた、私のお腹を見て言わずともわかった様子だ。
「何ヵ月、ですか?」
 子を持つ親の顔で質問をしてきた。顔がほころんでいるのがわかる、優しい顔だ。
「7ヶ月です」
私は自信をもって答えた。安定期に入るまでに二度の流産を経験しているだけに、私の周囲ではこの質問がタブーになっていた。今なら聞かれても怖じ気づかない。「結婚は早かったんです。ですが……」
 私は、初めて会う人に自分の事をベラベラ喋った。普通ならそんなプライベートな話はしないのに、不思議と魔法にかかったかのように話していた。目の前のお父さんは嫌な顔ひとつせず黙って私の略歴を聞いていた。なぜだかわからないが、とても温かい気持ちがして安心するのを覚えた。
「それは良かったですね」
「33で初産ってのも遅いでしょう?」
「いえいえ。私の妻も33ですが今年出産します。第二子ですが」
 お父さんは周囲を見回して少し落ち着きがない。それもそうだ、偶然とはいえ見知らぬ同年代の女性と観覧車に相乗りしているのだからドギマギするだろう。おそらく『葵ちゃん』のお母さんは下にいて、この光景を見られたらどう言い訳しようかと考えている様子だった。
「ママ、あっこ、いる」
 葵ちゃんが下方を指差した。しかしゴンドラが上がってきたのと同年代の母親らしき人物が多すぎてどれがお母さんなのかわからなかった。
「先生もママと来てるんだよ」
 今度は私が葵ちゃんにそう教えて、さっきと同じ方向を指差した。私の母は私を小さな子供を見るかのように手を振っていた。
「ママ、いるね」
 葵ちゃんが母を見つけたかはわからないが、ご機嫌で下に手を振り替えしていた。