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短編集『ホッとする話』

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 ゴンドラは水平線を下回り、ゴールが近付いてきた。もう少しこの時が続いて欲しい、そんな気持ちとは関係なく観覧車は同じスピードでゆっくり降りてゆく――。「現実」という終着点に確実に向かっている。
「ありがとう……、ございました」
 葵さんは私に深々とお辞儀をすると、娘も同じようにお辞儀をした。
「いえいえ、私こそ」私がそう言うと、葵が膝の上から飛び下りて、葵さんのお腹をさすった。
「あーちゃん、げんき。パパ、だーぶーぶ」
「まあ、葵ちゃん。ありがとうね」
 葵さんの変化を見て、なぜかそれがそこに答えが書いてあるかのよう に悟った。
「胎動ですか?」
「ええ、この子は私がさすらないと動かないのに……、不思議ですね」私は二人の葵を見て、あり得ない仮説が浮かんだ。私は暗示にかかっているのだろうか?わからない。いや、たとえそれが暗示だとしてもかかっても構わないと思った、
「葵……さん」
「はい?」
 彼女の名前を呼び始めたところで葵さんはその顔を私に向けた。  
「できますよ、必ず。根拠は有りませんが……」
「何が、ですか?」
「お父さんとここに来ることですよ」それから私はつい、無責任な口癖がこぼれた。自信はないけど、そうなって欲しいと思う時に出てくる言葉だ。

「そんな、気がしてならんのですよ」

 彼女は顔をこちらに向けず、娘の頬をつついていた。私がそう言うのを最初からわかっていたかのように小さく答えた。
「私も、そんな気がします――」

 右側の扉が開いた。係員が私と小さな葵を誘導する。ここは観覧車「待って」と言っても待ってはくれない。次の客を乗せるために、ゴンドラはゆっくりと動き続ける。
「こちらこそ、ありがとうございました」
私が降り際に会釈をすると、葵さんはニコッと微笑んで左側の扉から降りていった。左側の扉も開き、葵さんも同じように降りていった。そして青く塗られた30番はゆっくりと向かって時計回りに移動していった。