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短編集『ホッとする話』

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観覧車はゆっくりと上がり、半分を越え、園の外の風景が見え始めた。「何ヵ月、ですか?」
 葵さんはその質問を待っていたかのように、聞かれて表情が明るくなった。
「7ヶ月です」彼女は満面の笑みを浮かべた「結婚は早かったんです。ですが……」
 結婚10年目、やっとのオメデタだそうだ。夫とはうまく行っているようだが姑とはそうは行かず、口を開ければ「孫の顔」と言われ続け辛い日々を送ってきたようだ。欲しくない訳ではない、とにかく今まで出来なかったのだ、流産も経験した。そしてそのプレッシャーを打ち払うが如く今回の妊娠は安定期に入り、気分も上向いて来ていると言うのだ。
「それは良かったですね」
「33で初産ってのも遅いでしょう?」
 喜んではいるが不安もあるようだ。 
「いえいえ。私の妻も33ですが今年出産します。第二子ですが」
 私はそう答えた、彼女の不安を少しでも軽くしたい、一人の人間として思った。話が進み、妻が下で見ているのを教えようとしたが誤解を招きかねないので黙っていることにした。
「ママ、あっこ、いる」膝の上にいる葵がゴンドラの下方を指差した。私はドキッとしたが、葵さんも私の思惑を察してくれたのかただの思い過ごしか、妻の姿を見つけられなかったようだ。
「先生もママと来てるんだよ」
 葵さんは慣れた口調で娘に語りかけた。夫の出張を理由に姑のもとを離れてこの近くにあるという実家に帰って来ているのだと説明があった。
「ママ、いるね」
葵は妻の方を見て手を振ると、妻も手を振り返した。私は少し気まずい気持ちで下を見た。大人の葵さんが指差す先には妻がいる。周辺にもにたような年代の人はちらほらいるが、葵さんの母親らしき人物は結局見つからず観覧車はどんどん上がり、人の表情も見えないくらいに小さな粒へと変わっていった。