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短編集『ホッとする話』

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 僕はそう言って自分の消しゴムを半分に切って佐山さんに手渡した。
「試験だけなら、これくらいあれば――」
「え、ええ――」
 佐山さんがお礼を言おうとしたところで僕のところに試験の用紙が届き、前を向いて紙を裏にした。
「チャイムが鳴ったら始めます」
 程なくして開始を告げるチャイムが鳴った。すると裏返した紙を一斉にひっくり返す音の中横から小さな声で「ありがとう」という声が聞こえた。僕はそれに返事をしなかったけど、それだけで満足だった。試験のことよりも、その言葉がずっと頭に残り集中できなかったけど、それでも良いかなとさえ思い、半分に切れた消しゴムを握りしめた。

   * * *

 試験のできはまずまずだった。点数が上がろうが下がろうが、僕は佐山さんに声を掛けることができただけで満足だった。たとえ、それから話をすることどころか、目を合わすことすらなかったけど、僕は、僕の中で満たされていた。
 彼女に消しゴムを渡したときの、焦りから安心に変わったその表情が見られただけで、それが僕だけに見せてくれた顔なのだと思っては自分へのご褒美とした。

 それから一週間経った放課後、僕は友達と部活に行こうとしたところ、後ろから僕を呼ぶ声がしたので振り返った。僕はその声を聞いて急に心臓がドキドキした。
「な、何?」
そこに立っているのは佐山さんだった。声を掛けられたのはあの時以来だった。彼女が僕に対しての用件が思い当たらないので、声をかけられたことで緊張が体の中を走りだした――。

「こないだは、ありがとうね」
「え?あ、ああ。そのこと」
佐山さんは前の試験の時に消しゴムを借りたことにお礼を言ってくれた。
「別に……いいよ。だって困ってたじゃん」
僕はそう答えて照れ隠しに目線を逸らすと一緒にいた友達はいつのまにか先に行ってしまって、廊下には僕と佐山さんだけになっていた。余計にドキドキして次に何を言えばいいのかわからない。

「あのね、消しゴム……ちゃんと返そうと思って」
佐山さんは後ろにしていた片手を前に出して、小さな飾りのついた紙袋を僕に差し出した。僕からしてみたら使い古しの何の価値もない、それも半分にちぎった消しゴムを返してもらおうとは考えもしなかったのに、明らかに消しゴムより価値のある紙袋に入れて返してもらうのことに僕は少し恥ずかしくなった。
「そんな、いいよ――」
「ダメだよ。借りたものは返さなきゃ」
 佐山さんの手から紙袋が離れると、彼女は背を向けて小走りに駆けて行き最初の階段を曲がって見えなくなった。僕はその背中に何も言えず金縛りにかかったように立ち尽くしていた。

 そして、彼女の姿が見えなくなると体は再び動き出し、神経は手にした握りこぶし大の紙袋に集まった。
 僕はゆっくりとその紙袋の中を覗いた。すると中には新しい消しゴムとその下に、きれいな紙で包まれた小さな箱が入っていた。
 僕は再び言葉が出なくなり、鼓動が速くなった。中を見なくても、箱から包装紙を通して溢れて来る甘いにおいでわかる。これが意味することに相違があっても構わない。僕は嬉しくなってその紙袋を制服の内ポケットに大事にしまった――。

 今日は2月14日だった。

 
   高嶺の花  おわり