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短編集『ホッとする話』

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 2月の頭の実力考査本番の時だった。今までなら佐山さんは僕の右隣で試験の直前まで教科書を見たりしているのだけど、今日はもじもじしながら筆箱をひっくり返したり教科書を見るのではなくただパラパラと捲ったりしている。どう見たってその表情は焦っている。

 だけど、僕には声を掛ける勇気なんてなかった。

 そわそわする動作が気になる。見まいとしていてもどうしても顔が右を向く。そんな時、タイミングの悪いことに佐山さんと目が合ってしまった。咄嗟に避けようとしたけど、その大きな瞳にどうすることもできず僕は固まってしまった、鼓動が速くなる。思わず声が漏れた。
「どうしたの?そわそわして」
僕の意思ではないような言葉が形になった、それが初めて彼女に掛けた言葉だった。すると佐山さんは焦った様子で僕に返事をしてきた。
「消しゴム、ないんだ」一言そういったあと、僕に構う時間がもったいないのか、再びカバンや机を探しだした「さっきまであったのにどこかへ行っちゃって……どうしよう」

 教壇に監督の先生が入ってきて試験の時間はもうすぐだ。右にいる佐山さんが別の意味で気になって仕方がない。  
 僕は自分の筆箱の中をのぞいた。中に消しゴムがある。しかし、そこにあるのは一個だけ。彼女に気に入られたいのなら消しゴムを渡せばいい。だけどそうすれば自分の消しゴムが無くなってしまうし、彼女なら受け取ってもらえないかもしれない。。

「それでは試験用紙と解答用紙を配ります。解答用紙は問題用紙の下半分で」
前の席から用紙が配られた。その説明に僕はふと思い付いたのだ。
「さ、佐山さん」
 僕はどきどきするのを抑えて、右にいる佐山さんの名前を呼んだ。すると焦った顔の彼女はこちらを振り向いた。時間は残されていない。その分緊張をする暇もなかった。
「僕の、消しゴム使ってよ」
「でも……」
「こうしたら、どう?」