短編集『ホッとする話』
この場所に車を止めて数日が経ったある日の休日、車の横に立って武と石垣が井戸端会議をしていると、肩を怒らせてこちらを睨み付けるように見ている者がいる。
「おう」
「これは、高橋さん」
石垣は軽やかに声を掛けた。それが逆に癇に触ったのは明らかな様子で、武たちの思惑通りの表情を見せた。
「何で、ここに車を止めてるんだ?」
武は一度石垣の顔を見つつ、これまで溜めていた思いをこらえ、そして高橋の顔を見て静かに答えた。
「止めても、いいんじゃろ?」
高橋の言葉が詰まった。武はそれを見てさらに沸き上がる思いを抑えるのに視線を逸らすと、石垣が間に入ってきた。
「ありがとうな。お宅がエエこと教えてくれたんじゃ」
「何がだよ」
「邪魔にならないところなら有効利用したらいいと思い付いたんじゃよ」
「ありがとうな」
武は抑えた思いを笑顔のお礼に変えて言うと高橋はケッと言い唾を地面に吐き捨てて振り返ると道路の真ん中に止めていた車に乗り、ブンと大きな空ぶかしを一回してその場から急発進した。
「さあ、あの車も行ったことだし、ウチらはここを使う人に場所を譲りましょうか」
「そうですな、ここはみんなの場所ですからの」
二人は笑いながらそれぞれの車に乗って、この場所をあけた。
* * *
それから地域で話が広がり、砂利の敷地は整備され、交代でその場所に車を止めるようになった。やむを得ずここに駐車する人には連絡をもらえば移動するシステムが自治会で出来上がり、遊んでいたスペースは共同の駐車場になった。
ある日の夕食時に武の家で、葉月が眼を大きくしながら
「あの車、あっちの公園の脇に路駐してたんだけど、きっちり駐禁ステッカー貼られてたよ」
というのを聞いて、武は
「そうかそうか、家の駐車場を整頓すりゃいいのになあ」
と初めてしたり顔を見せた。
武と石垣は次の日の休みに、同じ地域の住民に頼んで看板を立てた。その看板にはこう書かれていた。
みんなの駐車場
・ 幼稚園の送り迎え
・ 来客用
車庫がわりに使うのでははなく、みんなのために譲り合って使いましょう。
誰のものでもない場所 おわり
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔