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「私は、死んでしまったのですか？」
「そうですとも。あなたが認識していないということは、よほど突然のことだったんですかねぇ……」

　私は途切れ途切れの記憶をもう一度繋ぎ合わせてみた。

　気が付く前、私は何をしていただろうか――。死んだというなら、何かそのような出来事があったのだろう。
「――少し、思い出した」

　朧気ながらに記憶が途切れる前の出来事が断片的に甦った。
「私は、倒れている老人を救護に入ったんだ。ひどく雨が降っていて……、でも私はなぜ……」
　頭の中にあるモノクロの残像が徐々に色付き出した。
「そうだ。私は、救急救命士だ。……正しくは『だった』となるのかな」
　散らばっているかけらとしての記憶。その一点一点をつなげて行くと、なんとか一本の線のようにまとまって来た。
「良かったですね、少しは思い出せましたか」　　　
　どうやら私の生前は救命士だったようだ。雨の中倒れている老人の救護に行き――。それ以降は思い出せず、なぜか今ここで山上に向かって歩き続けている。
「そうか、私は死んだしまったのか。それも、突然に……」
「残念なことですが、そのようです。ほら、あそこ……」
　私は男が列のはるか前方を差す指を目で追った。最近亡くなった有名タレントが同じように列の中に入って、山の上を目指している。
「本当だ……」

　救護に入った時に何かあったのだろうか。そこがどんなところだったのか今ひとつ思い出せない。地震だったのか、台風だったのか、それとも火災だったのか……、現世での最後の記憶を忘れてしまったまま、違う世界にやってきてしまったようだ、

「あなたも、亡くなったのですか？」
　逆にこちらから質問すると男はこくりと頷いた。
「昨日の、ことです」
男はどういうわけか落ち着いている。普通死んでしまったら絶望とまでは行かなくても、諦めに似た無念が少なからずあると思うのだが、この男にはない。
「なぜ、あなたはそんなにも冷静でいられるのですか？」

「私はね、最後は病に倒れ、長く入院してて、それから意思疎通ができなくなり生死の狭間を長らく彷徨ってたんですよ。それが辛くて辛くて」
　どうやらこの男は、病に倒れてから話せなくなり、言いたいことも言えず身体の自由もきかなかったようだ。
「死ぬ何日か前から家族は代わる代わる来てくれたのですが、こちらは返事がもうできないのですよ」
「確かに、それは辛いですね」
「私は、家庭を顧みず働いて、そして遊んできました。妻や子供に疎まれた時期もありました。でも最後はみんな私の元に来てくれて……」男は感極まって来たのか言葉が詰まり始めた「最後は悔いのない人生でした」
「――そうだったんですねぇ」
　最後はちゃんとお別れができたことが男には嬉しかったようで、現世に未練なくここに来れたという。
　自分はそのように送り出してもらった記憶がない。先にこうなってしまったことを母に謝りたいし、もし職務中に死んでしまったのなら同僚先輩にも謝らなければならない。たとえそれが伝わらなかったとしても。今となってはその方法も分からずここへ来てしまった。それについては後悔している。

　私は、この列にいる人たちがなぜ無表情で、ただ黙々と山上のお堂に向かって歩いている理由が分かったような気がした。しかし、その答え合わせをしたわけではないにも関わらず、私の中では整理ができていた。
「これは……、もしや」
「たぶん、あそこで私たちは来世への審判をうけるのでしょうな」

　当然ながら初めて行くところのはずなのに、山の上には恐怖に似たオーラが漂っていた――。