短編集『ホッとする話』
ニ七 分かれ目
しばらく気を失っていたようだ。何がどうなったのか詳しくは思い出せないのだが、目の前に見えるものは、たくさんの人間が山の上に向かって行列を作っている風景だった。何年か前に登った富士山の光景がそれに近いが、私の記憶の中ではここが富士山であるはずがない。
山上には昔のお城のような門と、その向こうにはお堂のようなものが建っている。歩いている者たちに統一性はないが、ただ思えるのはみんな無表情で、どんよりとした負のオーラが漂っている。
「私は、なぜこんなところにいるのだろう……」
気が付けばここにいる、それ以前の記憶はやっぱり思い出せない――。
「あの、止まってないで前に進んでくれませんか」
後ろにいた人に言われて前を見るといつの間にかその行列の中に混じっていた。どういうわけか記憶か、もしくは時間が途切れ途切れで状況が把握できていない。ただ、視界にいる人間はみな山上のお堂を目指して歩いている。それの意味することはわからないが、例外はいないのでとにかく私も言われるがままに列に入って歩くこととしたが行けばとにかく何かがわか
るだろう、そう考えながら。
「私は、というより、この行列はどこに向かって歩いているのですか?」
私は先程促された人に質問をした。雰囲気的には楽しい登山という感じでは絶対になく、この人だけは話しかけると何が言ってくれそうに見えた。
「あなたは、ご存知ないのですか?」
「それはどういうことですか?」
「まぁ、そんな方も中にはいてもおかしくありませんよ」
何かを知っている男の言葉に私は真意が分からず、質問をして良いのか否かは分からなかった。しかし、このまま聞かずに列の中でただ前に進むのは本意ではない。
「教えて、くれませんか」
「いいですとも。ただし、ビックリしてひっくり返らないで下さいよ、ククク」
最後の含み笑いが気になるのもほんの一瞬だった。私は男から酷な現実を突きつけられてしまった。
「あなたは、お亡くなりになったのです」
私はその現実が受け入れられずしばらくその場で立ち尽くしていた――。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔