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短編集『ホッとする話』

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 無言の鍔迫り合いが続く――。
「いいわ、貴方の女になってあげる」その場が一瞬固まったあと、アニーの方から口を開いた。
「ただし条件があるわ」
「条件だと?」
「そうね……」アニーは何もない荒野を一周見回した「ここからあの標識を先に撃ち落としたら貴方の女でも何にでもなってあげる」
 遠くに見える「SPEED LIMIT 50mph」の標識を指した、ここから50メーターくらいはあるだろうか。ライフルならまだしも、拳銃なら撃ち抜くには難しい距離だ。
「兄貴は泣く子も黙る『狂犬トニー』だ。できないわけがないだろう」
トニーの横でアーロンが脅しを入れた。
「そう……」しかしアニーは表情一つ変えず、そんな悪党など知らないと言った。
「私は出来る人にしか付いていかないの。なら尚更楽しみだわ」
 アニーは物怖じ一つせず美しい笑顔を見せた。
「俺はせっかちなんだ、一発で勝負を決めようじゃねえか」
 数発撃てば命中するだろう、しかしトニーの銃には弾は一発、相手に悟られないように駆け引きをアニーに投げた。
「本当にいいのね?先に当てたら私の勝ちよ」
「ああいいとも。お前に出来るならな」
アニーは微笑んだ。そして勿体ぶるように胸ポケットから照準器を取り出して、アニーの銃に装着して銃口を遠い先に向けた。
「兄貴、あいつはレーザーポインターですぜ」
 アニーが装着しているのは軍隊で使われるようなレーザーポインターだ。これがあれば銃身の照星と照門を合わさずとも簡単に照準が定められる。
 小さな赤い光は白い標識の真ん中をしっかり捉えている。目付き、構え方、そのどれをとっても素人のそれでないのは日頃銃を手にする者には明らかだ。
「アニー……、ヤツは『狡猫(チートキャット)アニー』か?」
「あら、御存知なのね、私を」
 狡猫アニーといえば狂犬トニーに並ぶ大物狙いの女ギャングだ。人に一切危害を加えず、狙った獲物は逃さない。名前だけは噂に聞いていたが、こんなに美しい女性であるとは正直知らなかった。
「待ちな!」
 アニーが引き金に指を掛けようとした瞬間、トニーの野太い声がすべての動きを止めた。
「俺が先に撃ち落としてやる、いいな?」
「ええ、どちらでも」
 アニーは余裕の表情だ。一方のトニーは表情に出さないが本当は焦っていた。相手の失敗を待てば引き金を引かずに勝負に勝てるはずが、相手が悪かった。残り一発、自らでカタをつけなければならなくなった、想定外だ。
「当てればいいんだ、当てれば……」
 トニーは息を止めたが、落ち着きのない指で引き金を引いた。

      BANG!

 トニーの放った弾丸は広い荒野に響き渡った、しかし、音を立てた意外には何も変わることはなく、白い標識も無傷で立ったままだ。
「チッ……」
 トニーは舌打ちし、アニーのいる左側を向こうとすると、レーザーポインターの赤い光がこちらを向いているのに気づき、本能的にトニーも銃口をアニーに向けた。
「形勢逆転ね」
アニーの構えた赤い光はトニーの額を捕らえて放さなかった。勝負ありだ。弾のない銃ではいくら女相手でも勝つことはできない。
 トニーとアーロンは両手を上に挙げた。
「足さえくれたら見逃してあげる」
 アニーはトニーの額に当てた光を全く動かさずに乗ってきた車からバッグを取り出して、トニー達が乗ってきた車に載せ替えた。
「動かないで、そのままよ」
実に馴れた銃の構えだ、たとえ弾が残っていても勝ち目がない、トニーはそう悟りながらアニーが車に乗り込むのを見るしかなかった。

「男ってホントに馬鹿ね」
 アニーは運転席から、両手を挙げて降参しているトニーに向けて引き金を引いた。トニーとアーロンは恐怖のあまり目を閉じた、するとアニーの銃口から小さな音がカチッと空しく聞こえた。弾は一発も装填されていなかったのだ。
「あとはお友達が相手してくれるわ、じゃあね(アディオス)」
 アニーはその笑顔で二人を虜にさせたまま、トニーが乗っていた車に乗り換え、田舎町の方へ急発進した。一本道の両方からパトカーのサイレンの音と、赤と青の光がどんどんこちらに近付いてくる。アニーはそんな心配を気にすることなく、田舎町からトニーたちを追って来たパトカーに満面のウインクをしてすれ違った――。

  狂犬トニーと狡猫アニー おわり