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短編集『ホッとする話』

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二ニ 狂犬トニーと狡猫アニー


 狂犬(マッドドッグ)トニーと言えばこの辺で知らない者がいない札付きのギャングだ。名前を聞けば誰もが恐れをなしてしまう。彼が手に入れられないものなどなく、相手が拒めば自慢の拳銃(リボルバー)をぶっ放せばいい。彼はいつもこうして欲しい物を奪い、邪魔な者は消してきた。

 警察も手に追えない悪党のトニーは、今日も田舎町の銀行に強盗に入り、車を奪い町を逃走した。銀行で威嚇をするのに二発、追い掛けてきたパトカーを捲くのに三発使い、うち一発はフロントガラスに命中し、追いかける者はいなくなった。
「ひゃっほう、今日はチョロいぜ!」
 相方のアーロンが握るハンドルの手が緩くなり、車のスピードも下がって行った。
「兄貴、今日の上がりはどんだけあんだい?」
トニーは確認もせずに鷲掴みにぶちこんだ鞄の中身を確認した。
「おう、上出来だ」
 鞄の中にいるフランクリンの束を見てトニーはニヤリと笑みを浮かべた。
「次はどこ行きやすか、兄貴」
「そうだな……、次は女だ」
「へいへい。しかし、弾はあと一発しかねえぜ」
「なあに、女をやるのに弾丸は要らねえ。コレをこうして突き付けるだけでいい」
 トニーはアーロンに銃口を向けたあと、弾倉を開いて残弾を確認した。残り一発。不測の事態に備えて常に一発は残しておく、失敗しないまじないみたいなものだ。
「このまま走れ、上玉を見つけたらお前にも褒美はウンとくれてやる」
 アーロンはダウンタウンに向けてアクセルを強く踏み込み、一面に広がる荒野をぶっ飛ばした――。

   * * *

「もう、最っ低!」
 どこまでも続く一本道の真ん中、アニーを乗せた車は、ボンネットから白い煙をあげて休息を要求する。アニーは受けたくもないその要求を受けざるを得ず、道路脇に車を止めてフロントに回りボンネットを開けた。
「何よ、このボロ車!」
エンジンから立ち上がる水蒸気、オーバーヒートだ。ダウンタウンに戻るにも一本道の遠い向こう、高層ビルの頭がやっと見えるほどの距離で、車を捨てて歩いて行けるような距離ではない。アニーは苛立たしくなって左前のタイヤを思い切り蹴りつけた。
 どっちを向いても荒野が広がっていて、人っこ一人通らない。
 炎天下の中待ち呆けていると、ダウンタウンとは逆の、田舎町の方から一台の車が勢いよく走って来るのを見つけ、
「ラッキー……」とアニーは舌をペロッと出して、彼女もまた護身用の拳銃(オートマチック)を背中に隠し、こちらに向かってくる車に手を振った。

   * * *

「おう、あれは何だ?」
 二人はダウンタウンに向かう一本道で、道路脇に車を止めて、人が立っているのが遠くに見えるのを発見した。アーロンは注意しながら車を進めて行くと、それが女性であることがわかった。
 女はトニー達の乗った車を認めると道路の真ん中に立って大の字になって手を振り、車を止めるジェスチャーをした。
「アーロン、車を止めろ」
 車が止まると、トニーは車から女の顔をなめ回すように見つめた。ブロンドの長い髪に白い肌、ホットパンツからスラリと伸びた長い足、まるでモデルのようなその姿にトニーの口髭がピクリと動いた。
「どうした、お嬢さん(セニョリータ)」
「車が動かないのよ……」
「名前は?」
「アニーよ」
面食いのトニーにとって年に一度、いや十年に一度会えるかどうかわからない美貌を持つアニーを見て、躍る気持ちを押さえながら残り一発を残した拳銃を胸ポケットに隠し、善人を装って車から降りた。
「助けてやるぜ、……ただし」トニーは右手の銃をアニーにちらつかせた「俺の女になればな」
トニーは銃を構えてアニーに銃口を向けた。
「……!」
 アニーの青い瞳が一瞬大きく開かれたが、想定の範囲内だったのか動揺の色は全く見せなかった。
「あなたに私が撃てるかしら」
「何だと!」
 アニーはトニーが銃口を外した一瞬の隙を狙い、背中に隠した銃を素早くトニーに向けたのだ。
「ほう、なかなかやるじゃねえか……」
 トニーはニヤリと笑った。手にしている銃の残弾は一発のみ、撃つつもりは基本的にないが、構えは簡単に解かない。