短編集『ホッとする話』
翌日、指定の場所で知り合いのスズキと合流し、デビッドは旅の疲れを忘れて再会を喜び合った。
始めに、スズキと最後に会った時にデビッドの国で作られているタバコが話題に上がり、お土産に持ってきたが税関を通せなかったことを謝った
「すまないな。タバコは税関で止められてしまったのだよ」
「こちらこそスミマセンね」スズキは嫌な顔一つせずに答えた「こちらこそ事前に言っておけばよかったです。なんでも急進派の議員がスピード裁決に躍起だってすぐに可決されたのですよ」
なんでもスズキの説明によると、この国で可決された『喫煙法』は、近年のマナー違反に業を煮やした国民が成立に尽力したらしい。愛煙家にしてみればこれは『禁煙法』だと激しく抵抗したようだが、数の力で押し切られた。
「正式な名前は『禁煙法』ではなく『喫煙の方法と権利に関する法律』で、通称『喫煙法』なんですよ」
法律で喫煙そのものを禁じるのではなく、喫煙者に譲歩して免許を取れば喫煙が可能ということにした。でもその試験も容易に合格できるわけでなく、喫煙ができるのは一部のセレブか努力して免許を取得した者のみだ。
かつては喫煙者が
「我々は高額納税者だ」
と開き直っていた時期があったというが、税制も変わり、それ以外に財源は賄えることをスズキは説明した。
「ところで、決まりを破ればどうなるんだ?」
「そりゃもちろん。検挙されますよ」
スズキの説明では免許がなければ『無免許喫煙』となりその他いろんな縛りがあるという。
「最初のうちは警察が取り締まっていたのが、今年になって一部委託されたんです――ほら」
スズキが指さした先に緑の制服を着た二人組がさっきまでタバコを吸っていたと思われる人を取り締まっている。警察も暇ではないので喫煙の取り締まりばかりやっていられない。
「路上喫煙に、ポイ捨て、資格外譲渡や売買も取り締まりの対象とされているんです」
「それでは、スズキのタバコを私がもらってもいけないのか?」
「そうです。免許の無い人にタバコを渡すと反則行為として切符切られるんですよ」
屋外や指定場所以外の喫煙はもちろん、子どものいるそばでの喫煙や妊娠中の喫煙も取締の対象となっている。
「この国には喫煙反則制度というのがあって、反則金を納めれば刑事事件には移行せず、一定の点数に達すると停止、ひどい場合は取り消し処分になります」
「何と…!」
「以前の『たばこ税』ほどではありませんが、反則金や罰金などで国は幾分か賄えるようです」
違反の態様ごとに細かく点数と反則金が決められ、火の不始末でボヤでも起こせば即取消なんてこともあるそうで、規制が厳しい故に違反者が後を立たないようだ。自称高額納税者は別の態様でしっかり納税しているということか。
「そういやスズキもタバコ吸っていないな?」
デビッドの知るこの日本人はなかなかのタバコ好きだと認識している。この国の規制が余りに厳しいので控えているのか、もしくは相手を慮る日本人のことだ、外国からの来訪客に配慮して喫煙しないでいるのだろうか――。
「いやぁ、お恥ずかしい話で……」
スズキはデビッドの憶測をかき消すように苦笑いを浮かべた。
「ま、何と言いますか、僕は今『煙停中』でして……」
かく言うスズキも先日無免許の人間に知らずにタバコをあげてしまい、そいつが路上で喫煙していたところを検挙されたらしく、その後の調べで提供者として事情聴取された。
相手方が無免許という認識が無かったため罰せられはしなかったが、行政処分としての停止、いわゆる『煙停』になったそうだ。
「まぁ、自分で禁煙できない人はこうやって煙停にする人もいるくらいですから」
そういうスズキは期間を決めて禁煙していると言い張る様子なので表情は明るい。
「それに、もういい年だし免許の返納を考えてるんです」
最近の話では、年配の男性がタバコの不始末で家を一軒丸焦げにしてしまい免許取消処分を受けたそうだ。どうやらこの国では年配の人の喫煙から来る火災や落とした灰で敷物を焦がすといった事案が後を立たないようで、政府や自治団体は喫煙免許の返納を促している。
返納者については「卒煙者」として国から証明書が発給される。これは難しい試験をパスした証として公的な証明書として認知されているそうだ。
「免許を取れるだけの資質はある。でも行使を敢えてしない。それも美学かと私は思うんですがね」
デビッドは信頼できるスズキの意見を素直に聞いて頷いていた。
どうやらこの国では「喫煙免許」を持っている者は一定のステータスということで認識されているようだ。資格はあっても喫煙するしないは自由だ。マナーを守る日本人、その証がそれとデビッドはそう判断しても良いのかとスズキの説明で思わされた。
「まぁ、日本はこんな国です。喫煙管理されてるから街も空気も綺麗でしょう?」
デビッドは一度頷いたあと話を返した。
「だが喫煙者にとっては厳し過ぎまいか?」
「確かにそうかもしれませんが」スズキは一言置いて笑いながら話を続けた「喫煙免許は選ばれた者の証なんです。資格さえあれば良い訳ですから、免許のある人は」
そう言ってスズキは目に入った喫煙所を指さした。透明のアクリル板で囲まれた小さなそれに数人の大人が美味しそうに煙を上げている。
「確かに、スズキの言っていることに一理はあるかもな……」
デビッドの目に見える彼らの服装や態度、そして身なりを見るとそれは明らかだった。どの人も悪いことをするようには到底見えなかった。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔