短編集『ホッとする話』
デビッドはスズキへのお土産を持ち込むことができずにちょっとがっかりな様子で街に向かうタクシーに乗り込んだ。窓から見える日本の風景、高いビルが立ち並び、通りをゆく人も洗練されていて、そして目に入るところにはゴミ一つ落ちていない。
「なるほど、日本という国はとてもキレイだ。我が国とは大違いだ」
スズキが自分の国を紹介したい意図がよくわかる、自分の国とは比べられないほどの洗練さだ。それだけに入国の時に聞いた『喫煙法』が気になる。街をきれいにするあまり、喫煙者の権利を奪ってはいまいか。詳細を知らない上に外国人の立場ではそこを指摘するつもりはないが、数日の禁煙を余儀なく命ぜられたに等しいデビッドは自分を抑えることは出来ているのだが、気持ちの奥底でひとかけらのイライラの存在を感じずにはいられなかった。
続いて到着したホテルの一室で、言葉がわからないながらもテレビを見ていると、交通事故のあとに続くのが禁煙法により検挙された警察官が立件された旨の報道や、身体に残ったタバコの匂いで周囲に迷惑をかけた旨で訴訟を起こされた旨のもの。それだけだなくコマーシャルは三回に一回が喫煙が犯罪であることを強調する内容に見えた。
「うーむ。禁煙者にとってはこの上ない環境だが、喫煙者には厳しい社会だなぁ」
デビッドは今日の出来事を日記に留めながら無意識に持っていたボールペンを咥えた。
「……おっとイカンイカン。帰国するまでは控えなくては」
長いものを咥えるだけで疑われるかもしれないと拡大解釈する
「李下に冠を正さず、とは東洋の諺だったかな――」
外国なれしているデビッドは紛らわしいことも良くないと心得ていた。
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作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔