短編集『ホッとする話』
帰りの飛行機の中でデビッドは今回の旅行の総括をした。
食事良し、景観良し、治安良し、接客良し、利便性良し、だけど物価はやや高め。
他の国と比べても上位に入る洗練された国だった。文化も独特だったし、外国人が少ないので旅行したという気には十分なった。独特という点でやっぱり引っ掛かったのがあの法律だった。
『喫煙法』
だ――。これは日本文化よりも独特なもののようにさえ思えた。
確かに、世界でも喫煙に関して厳しい国はあるし、世界では嫌煙者が実権を握っている感覚はある。
以前アメリカに行った時に
「タバコ吸っていいですか」
と聞いたら相手方が
「オナラしていいですか」
と返され、シンガポールでは喫煙者そのものが軽蔑の眼差しで見られていた。
とにかく、あそこまで徹底して規制している国はデビッドの記憶では他に類を見なかった。
しかし、日本では喫煙者は免許という権利を持って堂々と決まりを守って喫煙している点では他の国のように後ろめたさがなく、喫煙者も非喫煙者に配慮をするプライドがあった。それができるというのはまさに洗練された国の国民ということなのだろう。
現に喫煙をしたことがなくても免許のみを取得している人もいる。スズキの言う「選ばれた者の証」と言ってもあながち間違いではない。
法があるからあの国はきれいなのか、それとも行き過ぎた規制なのか。短い滞在で検証するのをデビッドは敢えて避けた。
「にしても、タバコが吸えるということはありがたいものなのかな」
これまで自国で喫煙するに当たりそこまで考えたことは無かった。喫煙を権利と考えるのであれば、それがとてもありがたいもの、そして責任があるもののように思えた。
主翼の向こうに母国が見える。日本に比べればまだまだ発展途上ではあるが、我が国には日本よりもある意味での自由がある。今回の旅行を通してデビッドは喫煙についていろんな考え方があることを知って勉強になったと締め括って帰国の準備を始めた。
我慢をするというか、禁じられているからというか普段は喫煙することはあまりないデビッドも何故か無性にタバコが吸いたくなってきた――。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔