短編集『ホッとする話』
ピンポーン
ドアの方からチャイムの音が聞こえた。
小夜は目を開けると、視界にいやがおうに入ってくるのは洗濯物ののれんだった。部屋はいつものように散らかっているし、小夜が以前記憶していたいつもの部屋だ。
「――なんだ、夢だったのか」
溜め息をついた。目から現実の世界が情報として入って来る。目だけでなく生乾きの洗濯物のにおいが鼻につく。まだ少し頭が痛い。さっき見たものが夢だとわかっただけに少し辛い。あれが本当だったら良かったのになと、愚痴の一つを溢した。
ピンポーン
もう一度チャイムが鳴った。小夜は頭を押さえつつ、取り合えず返事をしてから、のれんになっている一番マシな服を羽織って玄関の扉を開けた。
「どちら様ですか?」
チェーン錠を掛けたドアを開いて外を見ると、作業服の男が箱を抱えてそこに立っていた。
「宅配です」
「はい、ちょっと待って下さい――」
チェーン錠を外して印鑑をつき、段ボールを受け取った。ずっしり思い、だけどそれが何かを確認することなく、小夜はお礼を言って配達に来た男を帰した。
「あ……」
小夜は送り主の名前を見て手が止まった。送り主は貝浜町の両親からだ。
「それはそれで、夢でやあなかったんだ……」
小夜は頭が痛いことを忘れて、迷わず段ボールの封を開けた。特徴のある見慣れた文字だ。ハガキ大の伝票と箱の重さだけで、大体の事柄が情報として小夜の頭に入って来ると、気持ちが和らいで行くのが感じられた。
中には地元で採れたスイカや玉ねぎ。そして二枚の正方形の付箋がスイカにペタッと貼り付いているのを見て小夜はクスッと微笑んだ。
小夜はこの時期いつも風邪を
ひくからスイカ食べて元気
出しなさい
ちゃんと食べて、ストレス
溜めないようにね。 母
学生生活は長いようで短いのだから
あまり肩肘張らんと今を楽しみなさい
遊ぶのも勉強のうちだ。 父
「お父さん、お母さん……」
小夜は付箋を剥がしてスイカをトントンと叩いてみた。その音を聴いて、子供の頃家族で一緒に買い物に行き、スイカを叩いて品定めをする風景が浮かんだ。
「ありがとう――。でも、ちょっと大きすぎぃな」
丸々と大きなスイカ、冷蔵庫に入りそうにない、せいぜい半分程度だ。嬉しい悩みについてどうしようか考えているうちに、昨日まで猛威を振るった悪寒と頭痛はいつの間にかどこかへ飛んでしまっていた。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔