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短編集『ホッとする話』

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 眠ったのか眠っていないのか、ただ徒らに時間が過ぎた。頭がグルグル回る、時計の針を見る余裕すらないがまぶたを閉じても光が入って来ることから、夜が明けていることだけはわかる。

「小夜――、小夜!」
 遠くから自分の名前を呼ぶ声がする、聞き覚えのある声だ。頭がガンガン痛むのですぐに目を開けられない。
「ほら、起きなさい」
次に続いた言葉で小夜は反射的に布団をはねのけ腰を上げた。
「え、うそ……」
 目を開けて周囲を見回すと、一瞬ここがどこなのか分からなかった。 自分の部屋に違いない。しかし、散らかった部屋はきれいに片付いているし、目線の高さを飾る生乾きの洗濯物ののれんはテレビの横にきちんと畳まれて置いている。
 そして小夜の鼻に生乾きの洗濯物ではない、懐かしい匂いが舞い込んできた。
「これは……」
匂いに誘われその出どころに目を向けた。
「あら、起きたかい。小夜」
 小夜は頭を押さえながら台所で後ろを向いているその姿に動きを完全に奪われた。
「お母さん」
実家の貝浜にいるはずの母が部屋にいるのだ。しかも、温めるだけの小さなコンロで炊事をしている――。
「小夜――」母が振り返った。春から会っていないが見間違えるはずがない。
「部屋はちゃんと片付けなさいよ。今日だけはお母さんがしてあげたからね」
まるで実家にいるときのようで優しくたしなめられた。叱られているのになぜだか、嬉しい。
「はーい……」 
「ごはん、もうすぐできるから、もうちょっと寝ててもいいよ」
「うん、ありがとうお母さん」
 小夜は安心してもう一度布団に潜り込んだ。
 嬉しかった。嬉しくて涙が溢れてきた。
「あとで、起こしてね」
小夜はそう言って、安心するあまり小夜はそのまま眠ってしまった――。