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短編集『ホッとする話』

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 小夜は自分の体の異変に気付くのにそう時間はかからなかった。
 悪寒は背中を襲い、次は頭。
「ヤバい……」
と思った時は既に遅く、全身が震え始めた。緊急出動でひと仕事終えた洗濯機からやっとのことで洗濯物ののれんを部屋に掛けたあと、小夜を襲う悪寒はさらに勢いを増し、とうとう立つことができなくなり、布団の中で亀になってしまった。この先のことを考える余裕など小夜の頭にはなかった――。

 小夜は入学以来初めて授業に出なかった、というより出られなかった。高校までと違って、授業を休むのに届け出をすることもない、すべて自己責任だ。夏実たちからメールが入って来るが今の小夜には
「風邪ひいてしまいました。家で死んでます」
と返事するのが精一杯だ。
 視界に入るのは部屋干しした洗濯物のカーテン、そして生乾きのにおい、降りしきる雨音も加わり、小夜の体に五感で襲いかかる。
 布団にくるまるって、背筋を襲うえもいわれぬ悪寒と戦っている。そして悪寒は背筋から歯に回り、何もしないのに奥歯がひとりでにガタガタと言い出し始めた。
「ううぅ……、辛いよう」
 小夜は天井を見つめて物思いにふけった――。
 当たり前だけど風邪をひくのは初めてじゃない。でも、下宿をして体調を崩すのは初めてだ。辛い。18年とちょっとの半生の中で一二を争うほどだ。独りでいることがこんなに辛いのか。

 フラフラの頭で小夜は最後に体調を崩した時のことを思い出した。去年だったっけ、そして同じ梅雨時だった。
 父が仕事を定年退職して家族三人がとなり町から貝浜に引っ越した頃だ。慣れない通学電車に揺られて今にも倒れそうな体で電車を降りて、駅員さんに心配されたのを思い出した。街中の電車で同じ状態になってもこちらから声を掛けない限り駅員の目に止まることなんか、ない。
 それから駅に両親が迎えに来てくれて、今までにないくらい心配されて看病してくれたことが頭の中で映像となって浮かんできた。部屋で寝込んでいると水分補給にとスイカを持ってきてくれたりもした。
 頭の中で自分史のドラマが映像となって続く。次は今年の冬、滑り止めの大学に落ちた時も、
「本命さえ受かれば、すべて救われるじゃないか」
といって自分を励ましてくれた。とにかく実家にいた頃は普段は放任な両親だが、体調が悪い時など気分がマイナスな時はいつも優しくしてくれる両親がいた。
 なのに、自分のワガママで街に出てきた自分がここにいて、こんな時だけ家族を求めている自分がとても嫌になった――。

「うう、さびしいよぅ……」
 家には誰もいない。携帯の画面を見る元気もないから、誰かが来てくれることもない。小夜は孤独でいることが寂しくて嗚咽をあげた。
 小夜は部屋の灯りを消した。外から雨音に混じって時おり聞こえる雷鳴が小夜の不安を広げ、時折の雷光が散らかった部屋の影を照らす。