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短編集『ホッとする話』

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「おーい、サラぁ!」
 悠里は数十メートル向こうにある公園の入口にサラが立っているのを見つけ声を上げた。毎日剣道で鍛えた声はしっかり通るようで、向こうにいるサラが声に反応しているのが近眼の悠里でもそれがわかる。
 サラは小走りで公園のいちばん奥、ブランコのところまで駆け寄ってきた。
「ごめんね、呼び出したりして」
「うん、いいよ――」
 二人の吐く息が白く舞い上がり散り散りになって消えた。海から船の汽笛の音が響き渡ると間が生まれた。

「ここだったら(クラスの)他の人は来ないよ……」
 サラはハッとして悠里の顔をのぞくように見た。悠里は英語で話しかけてきたのだ。決して流暢ではないけどサラには十分理解ができる。
「もしわからなかったら『わからない』って言ってね。これでも私、一生懸命なんだ――」
 悠里の目に嘘は無い。今の関係がどうであれ、サラは悠里の本気には答えるべきだと直感的に思った。
「Yeah,okay. go on…….(わかった、続けてよ)」
「うん――」
 悠里は一度眼鏡に手を当てて、サラの真っ正面に立った。

「遠いところに呼び出して、ゴメンね。二人でいるところを見られたら、サラも『ターゲット』になっちゃうからさ」
 サラの眉が動いた。以前悠里にそんな事を言った記憶がある。
「あのね、私お姉ちゃんがいるんだ。それでね……」
「そう……」
サラは素っ気なく答えた。知っていることだが何も聞かされていない顔をして続きを聞く仕草を見せた。
「お姉ちゃんはね、サラと一緒で11歳の時に日本に来てるんだ」
 悠里は姉が帰国したときに友だちが出来ずに寂しい思いをしたという経験談を自分なりの解釈で話し出した。英語が出なくて口ごもることがあるがそれでも悠里は一生懸命に声に出した。サラは時おり分からない顔をして悠里の顔を見ているが、最後まで問い直すことはなかった。 
「それで、何が言いたいの?」
 悠里は頷いた。事前に何度も頭の中で繰り返し練習した事を言う時がきた。そして大きく息を呑んで、目を大きく開けた。
「偉そうなことかも知れないけど、私ならサラと本当の友だちになれる。そう思うんだ!」
「悠里……」
サラの言葉が続かない、悠里はまだ不確かではあるが糸口をつかむだけの手ごたえを感じた。

 サラも悠里から目を逸らし自分のいる境遇を考えた。自分はどうありたいのか――、そう自分に問いかけた。日本に来て友だちになって欲しいなんていわれたことなんか無かった。今いる友だちも、自分を守るために自分から近づいただけだ。
 
 本当の自分を認めてくれる
 一人の友だちと、
 自分の態度次第で付き合って
 くれるグループ。

 二つを秤にかけた。選びたい方は明らかなのだ、しかしそれをとると不本意な仕打ちがある。そしてその仕打ちは自分が悠里に陥れたものと同じものだ。それがどれだけ耐え難いかは考えなくともわかる。
「でも……、でも……」
 目を逸らすサラ。悠里もサラから目を逸らして港の方を遠くに眺めた
「でも『ターゲットにされる』でしょ?」
「――うん」
 悠里はサラのあごが小さく頷くのが見え、自然と視線がサラの顔に戻った。
「私は、私は……」サラも視線を感じて向き直る「友達が欲しいんだ。私を私と見てくれて何でも話ができる――」
正直な気持ちが意思を越えて言葉になって現れた。止めようとは思わなかったが、止めることが出来ないのはわかっていた。
「でも……」
「でも?」
「私は自分を守るために悠里を売ったんだよ。」  
 本当は自分も悠里と仲良くしたい、同じ言葉を理解し似たような考えをもつ彼女を大切にしたい。しかし今まで自分が悠里にしたことを考えればそんな資格がない、そう思っているサラは自分から友だちになりたいなんてとてもじゃないけど言えなかった。 
「――いいんだよ」
「えっ?」
 サラは悠里の顔を見た。今までに見たことのないような表情で静かに微笑んでいる。
「誰でも、その立場にたったら同じことをするよ。私がサラだったとしても同じことをしたと思う」悠里は海の方を向いて港を横切る貨物船を眺めた「私は今までのことなんか、構わない。だから……、サラと友達になりたい。他の誰かじゃなくて、サラと友達になりたい」
 振り向いた悠里はサラの目をまっすぐ見つめて冷たくなった手を指し伸ばした。
「悠里……」
 サラは眼鏡の奥から見える悠里の視線に捕らえられた。その視線もぼやけだした。
「私を、許してくれるの?」
悠里の手を両手で取った。寒空の下で自分が来るのを待っていたその手は明らかに自分より冷えていた。
「許す?そんなんじゃない。お願いをしているのは私の方だよ」
 もう片方の悠里の手がサラの手に重なった。二人の手はお互いの熱で少しだけ暖められた。
「ありがとう、ありがとう悠里」
 サラは悠里に抱きついた。これまでのことを考えていると二人の間には言葉などなかった。

 サラは考えた。これから学校で不本意な扱いを受けるかもしれない、だけどそれは自分が取った選択だ。それは悠里だって同じだ、後悔はどこにもない。仲間ができた分だけこれからの状況の方が良くなるに違いない、そう思うとサラは今まで胸の中に抱えていたぼんやりとしたものがスーッと晴れてゆくのが見えるような気がした。

 港の方から汽笛の音が聞こえてきた。西の空には大きな夕日が山の陰に隠れんとする、誰もいない公園は静かに二人がつながるのをしっかりと見届けていた――。