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短編集『ホッとする話』

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 サラは電話を切った後もドキドキしていた。
 そもそも、サラの家には日本語がない。そして自分に用件があって電話がかかってきたのは初めてのことだった。
「友だちか?」
「う……、うん」
 サラは父の質問に曖昧な答えを返した。というより曖昧な答えが正確な答だった。
「英語が分かるクラスメートがいるんだ?」
「うん」今度ははっきりとした返事だ。「彼女はクォーターなんだ。でも苦手なんだって、英語は」
「そうなのか、しっかり話せていたが。大切にするんだよ、その『友だち』」
 サラは自分の知っている情報を簡単に伝えると父は部屋に入って行った。サラは扉が閉まる音を確認して壁の時計に目を遣った。

 電話をよこしたのは倉泉悠里、サラのクラスメートだ。見た目はそれほどではないが、全体の雰囲気に自分と共通する日本人にないものが見える。それも自分と違って隠そうと思えばできそうなくらいのそれが。
 サラ自身も六年生になって初めて母の祖国である日本に来た。最初は言葉も風習もよくわからず友だちもできない時期があった。今は一応の友だちはいるが自分の家に電話をして誘ってくれたことなど一度も無かった。訳あって距離が離れている悠里からの誘いの電話にサラは嬉しいというよりも驚いているという気持ちでドキドキしているのだった。  
「ダッド、今からちょっと公園に行ってくる」
 サラは上着を羽織り玄関の扉を開けた。目の前に見える神戸の港から汽笛とともに冷たい風がサラの顔をそっとなめた。

   * * *

 転校生、そして外国人。サラがどれだけ一緒に扱って欲しいと言っても扱ってくれなかったことを思い出した。サラはアメリカの学校で英語のわからないクラスメートを多く見てきたが、誰も別け隔てなかったのに日本ではそうでないことが当初受け入れられなかった。
「みんなと同じようにしていれば友だちはできますからね」
担任の先生も悪気はないがよそよそしく、自分を特別視する。どこへ行っても一人のサラは仲間欲しさに自分を変えたが自分でない自分がそこにいるようで、言葉の壁が低くなるのに反比例して日々の生活で徐々に違和感を感じていた――。
 そんな中転校してきたのが悠里だった。本当は同じにおいを持つ彼女に近づきたかったのに、彼女は英語が苦手だというのだ。本当はある程度理解ができるというのに苦手だという悠里に対して
「嘘つき」
と言ったことから関係が悪くなった。理由はどうであれ、仲間になれると思った者から裏切られたような気になってそんな言葉が出た。いまではそれを後悔している。
 それを見た他のクラスメートが悠里を『ターゲット』にすることを決めた。クラスの中で辛い状況にいる悠里をに手を差し伸べることができるのは自分一人だけであることはよく分かっているのに、そうすれば自分もターゲットになる――、一応の「友だち」は誰かを『ターゲット』にすることで関係を保つことを知ったのはそのグループに入ってからのことだ。サラは自分を守るために本意ではない位置にいる自分自身が許せなかった。

 今日、そんな悠里が自分をこの公園に誘ってきたのだ、それも苦手だという英語で。サラは公園に向かう途中、日本に来てから今までのことを繰り返し繰り返し思い出し、これから起こることと自分のしたいことを想定したが具体的なことが想像できず、気がつけばみどり公園の入口が見えてきた。
「悠里……」
 サラは公園のいちばん奥に、悠里が摺り足で前へ後ろへ動きながら自分を待っている姿を見つけた。