小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集『ホッとする話』

INDEX|124ページ/150ページ|

次のページ前のページ
 


「ためらうな、悠里!自分のためだけと、ちゃうねん」
 悠里は坂道を上りながら自分との会話を繰り返し、これから言うべきことをシュミレーションした。

 悠里はサラを呼び出すのにある目的があった。
 クラスメートのサラは、アメリカ人の父親と日本人の母親との間の子だ。日本に来たのは去年の春からで、髪の色は悠里よりも黒いが目鼻立ちや全体の雰囲気、そして考え方は自分の中にある四分の一のアメリカ人としての自分と共通するものがある、時折話の中に母語である英語が混ざるようこともある。
「大丈夫、大丈夫」
 悠里は自分で自分に檄を飛ばしながら坂道を上って行った。
「サラだって、困ってるんだ――」

 彼女と出会ったのはその年の9月、両親の離婚により悠里が今の学校に転校したことがきっかけだった。
 同じ国のにおいのする二人は、当初は仲良くしていた。しかし、ある日を境にサラと彼女を取り巻くグループがよってたかって自分を除け者にするようになった。だけどそれにはちゃんと発端となる出来事があって、自分が招いたことだ。今は悠里にはその自覚がある、今は。

 「ゴメンね、私英語は苦手なんだ」

 この一言が二人の関係を変えた。悠里は自分の何気ない一言で彼女を傷付けた。
 確かに悠里の四分の一はサラと同じアメリカ人だ。しかしそこへはずいぶん前に行ったことがあるくらいで、悠里自身に自覚もない。両親が離婚して父がいなくなり、そこはさらに遠いところになった。さらに、自分が生まれる前までアメリカで育ったきょうだいたちと比べて英語がわからない。日本語が苦手な実の父とも上手くコミュニケーションがとれない時すらあったことがコンプレックスとなり、言葉は聞いて理解ができるものの、自信がないから日頃から気付かれない限りそのことを言わないでいた。

 時おり会話が英語になるサラ、それは悠里が自分の言いたいことを言いたい言葉で理解ができる、つまりは彼女が求めていた人物が自分だと思っているからだ。
 しかし悠里はそれを突っぱねたのだ。それがあの一言だった――。
 似たような時期にサラと同じ境遇にあって困難な思いをしたことがある人が身近にいることを聞いた。倉泉朱音、そう11歳年上の実姉だ。
 姉もこの時期に日本に戻ってきて一様に扱ってくれなかったエピソードを教えてくれた。除け者にされているのにサラは自分に助けを求めていると思えるようになったのは朱音のおかげだ。
 悠里はサラの誤解を解きたかった。どうしても解きたかった。自分一人の問題ならいつもの引っ込み思案が行動に写すことを拒むのであるが、それは自分一人の問題でないと思っていた。
「自分のためだけと、ちゃうねん」
 悠里は山のふもとにある公園に着いた、ここからは神戸の港が良く見える。サラはまだ来ていないみたいだ。悠里は両手で自分の頬を叩いてサラが来るのを待つ間、自然に足が剣道の構えを作り公園の端っこに摺り足の跡をたくさん作っていた――。