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短編集『ホッとする話』

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 朱音は妹が出ていったあとも胸がドキドキしていた。悠里がサラを呼び出した理由はおよそ見当がついている。

 悠里が学校でサラたちのグループに除け者にされているのはちょっとしたすれ違いがあったからだ。妹がそういう状況にいることは本人から聞いて知った。仕事で家を空けることが多い母代わりの姉として何とかしなければと思っていると悠里本人が、
「自分で何とかする」
と力強い意思を見せたのは去年の終わり頃だ。11も年の離れた妹はどんな方法で自らを打開するのだろうと陰から見守っていたところであった。

 朱音はいてもたってもいられなくなり畳み掛けた洗濯物をそのままに、ギターの生音が漏れてくる隣の部屋の襖を開けた。
「ちょっと陽人、陽人って」
「あん?なになに、いきなり!」
 部屋で一人、朱音に背を向けヘッドホンを付けてギターをかき鳴らしているのは高校生の弟、陽人だ。朱音は弟のヘッドホンを奪い取った。陽人はビックリして後ろを振り返ると興奮気味の様子で姉が立っている。陽人の知る限りではこういう時の姉は後先考えずに何か行動を起こそうと考えている時の表情だ。
「聞いてた?さっきの電話」
「電話ぁ?」
 そんなわけないでしょう、と言う代わりに陽人は構えたままのギターで簡単なフレーズをならした。朱音がさっき取り上げたヘッドホンから大きな音が漏れてきた。
「聞いてても聞いてなくても、いいわ。とにかく行くよ!」
「行くよって、どこへよ?」
「みどり公園」
「はぁ……?」
 陽人は首をかしげて姉の顔を見た。姉の中では話がまとまっているようだが、陽人はなんのことだかわからない。ましてや一緒に公園へ行って何をするのだ、それも中途半端にここから遠いところへと質問すると悠里が電話で話していた内容を朱音は弟に簡単にまとめて話した。
「もしかして、決闘?」
 悠里の兄として、この時間は妹が毎日家の前で竹刀を素振りしているのは知っている。しかし陽人が知るのはそこまでで、武道に打ち込む者が竹刀をそのように使うのものではないことは知らない。
「冗談言ってる場合とちゃう」
 朱音は簡単に弟を諭しながら自分の部屋から予備のヘルメットを弟に渡し、さっさと準備するように無言で圧力をかけた。
「ええ、ホンマにぃ?」
「アンタは妹が心配とちゃうの?」
「一人で行きゃあ、ええやんか」と陽人が言おうとする前に姉が喋り出したので結局声にすることはできなかった。
「good grief……(やれやれ)」
 陽人はそう漏らしては手際よく用意する朱音の姿を見て自分もギターを戻して外出の準備を始めた。口では突き放すように言いながらも五つ年下の妹が学校で不遇な扱いを受けていることが気にはなっている。