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短編集『ホッとする話』

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 屋敷の庭へ出た二人。都といえど外れにあって周囲は暗く、夜空には星が瞬き目の前の池には魚が泳いでいる。二人は浮き島へと続く橋の真ん中で立ち止まった、周囲には誰もいない。 
「麗麗。私は寿王の命令で洛陽に戻って来ましたが、もうひとつの理由があります。そのために幾つもの山を越え、河を渡って来ました」
「もうひとつの理由とは、何でしょうか?」
尭は麗麗の顔を見た。それだけで心拍が速くなる。
「これです」尭は懐から布で大切に包まれた包みを広げた「あなたに喜んでもらいたいと思い買ってきたのです」
 包みを手渡すと麗麗はその小さな手でゆっくりと包みを開けると、彼女の大きな目がさらに開かれた。
「これは……」
 包みの中身は半円型で花の彫刻があしらわれている、水牛の角でできた櫛だった。
「夜空に浮かぶ月を見てこの櫛は麗麗に気に入って貰えるだろう、そう思って夜市で買ってきたのです」
「まあ、私のために……」
麗麗は早速櫛を頭に差して尭に目で「どう?」と合図をすると、尭はその目線に動きを奪われしばらく固まっていた。
「礼は李凱に言って欲しい。彼がよい考えを教えてくれたのだよ」尭はその目を星が散らばる天に向けて続けた「夜空の月のように……おや」
 尭は天を見ると、夜空のどこを探しても月が見つからないのだ。 
「月はどこにもありませんわ、今日は新月ですから」
「おや、そうだった――」
尭は橋の欄干に手を置いて池を見つめた。晴れてはいるが月はない。月が満ちて欠けるのは知っていたが使命の重さと緊張で気にもしていなかった。あの時の記憶をたどり、尭は自分の間違いにハッと気づいた。
「あの時は確か満月だった。私は貴女に贈るべきものを間違えたようだ」
麗麗は目線を逸らす尭の両袖をつかみ、彼の顔を下からのぞいた。
「いいのですよ、劉尭さま」
「麗麗さま」尭はハッとして動きが固まった。
「劉尭さまは李凱に陥れられたのですよ」
「それはどういうことだろうか?」
 麗麗は片袖を口に当ててクスクスと笑いだした
「女に鏡を贈るのは『己の顔を見直せ』という意味があるのですよ」
「なんですと」尭の口から思わず言葉が漏れた。もし彼女の言うことが本当ならば、つい今しがた寿王が忠告した通りはないか。 
「それでは、李凱は貴女に鏡を贈れと言ったのは……」
 麗麗は小さく頷いた。
「そうです、李凱は貴方の失脚を企んでいたのです。でも、いいのですよ」
「と申しますと?」
「麗麗は、この半月の形の櫛が気に入りました。私のために危険を冒して逢いに来てくれた貴方の純粋なお考えに麗麗はお慕いしております。ですから何も仰らなくてけっこうです」
 麗麗は尭の手を引いて橋を後にし二人は再び寿王のいる屋敷に入った。


 その後西方で反乱が起こり、李凱は都へ戻ってくることはなかった。そして劉尭は都に残り麗麗を妻にとることになった――。