小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集『ホッとする話』

INDEX|109ページ/150ページ|

次のページ前のページ
 


 帰宅してからの夕方、彩子の家事に終わりはない。帰れば洗濯物の取り込みに夕飯の準備。息子の翔太は一人学校から帰宅してきた姉の花梨と仲良く庭で遊んでいる。窓の向こうで姉弟は仲良く話しているのを見て彩子は今日の昼に翔太が赤信号の話をしていたことを思い出した。
あの時花梨も一緒にいたはずだ。翔太が教えてくれないなら、姉の花梨なら教えてくれるかもしれない、彩子はそう思って花梨を呼びつけた。
「花梨ちゃん」
「なーに?お母さん」
 母に呼ばれて娘の花梨はリビングから家に入ってきた。両手を後ろにしてくりくりした目で母を見る花梨
「こないだおじいちゃんとこに行った時、何か教えてもらわなかった?」
「何のこと?」
とぼけてる様子では無さそうだ。きょとんとした様子で分かる。
「翔ちゃんは『赤になったら渡りましょう』って言うんだけど何でだか分かる?」
 質問の仕方を変えて見ると花梨は明らかに表情を変えた。そして、ちょっと考えるしぐさを見せたのち
「分からなーい」
と言って再び翔太のいる庭の方へ出ていってしまった。

「やっぱり何か隠しているような……」
 子ども相手のこととはわかっているが、彩子は子どもたちに何か隠し事をされているようで無邪気に遊んでいる二人に対して大人気なくも少し意地らしくなった。

   * * *

 夫の悟が帰ってくるのはいつも子供たちが床につく頃の時間帯、最寄りの駅までたどり着くと彩子の携帯にメールが入る。
「駅着蛙」
 ウケ狙いのつもりの使い古されたメールに冷たい笑みを浮かべてそれを確認すると、彩子は一度冷蔵庫に下げた食事を移して温める。夫はここ最近は仕事が忙しく帰ってくるのはいつも遅く、働き者なのは良いことであるが子育てについては基本的に放任である。なのに、時折買ってくるお土産で子供たちのハートをしっかり掴む。毎日カリカリしている自分と比べて人気度が高いのが彩子には納得がいかない。

 大体食事の準備が整った頃には悟が帰って来た。子供たちは既にベッドに入っている、悟は二階で寝ている二人の顔を確認してから。リビングに入ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
レンジから出てきた皿がそのままテーブルに置かれると、悟はすぐに食卓に腰を掛け箸を伸ばして最初に肉を摘まむ。そしてこれから悟は毎日妻の愚痴に近い一日の報告を聞かされるのだ。
「今日はどんなことがあった?」
「そうなのよ、あなた」待ってましたとばかりに口を開ける彩子「お義父さんが花梨たちに変なことを教えるんですよ」
「『変なこと』だって?またまた、親父は真面目が服着たような人なのにそんな訳は……」小さく笑い声を出す悟。箸を動かしながらテレビから視線を変えない辺りであまり真剣な様子で聞いていないのが分かる「で、何を教えたの?」
 悟は遅れて彩子に視線を移した。それはそれで聞く耳を持っていないわけではない。悟も悟で彩子の話を聞かなければ、後々どやされることをよく知っている。
「信号は『赤になったら渡りましょう』って」
「へえ」悟は鼻でクスッと笑う仕草を少し見せたのち、直ぐに元の表情に戻ったかと思うと箸が軽快に動き出した。
「何か知ってるんですか?」
「いや」缶のビールが開く音が間を切る「子どもたちが間違えて解釈してるんだろ」
悟は喉を慣らして自分の一日を労うと大きく息を吐いた。
「何かの悪ふざけだろう?子供たちの間でよくある……。今日は疲れてるんだ。そんなことに付き合ってらんねーや」
そういって悟は食べた食器を手に立ち上がると、彩子に背を向けて風呂場の方へ歩いて行った。

「――もう」
 彩子は溜め息をつきながら誰もいなくなったテーブルの片付けを始める。結局なんの手がかりも得ることが出来ずにやきもきしてさっきまでテーブルを拭いていた布巾をシンクに軽く放り投げた。