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短編集『ホッとする話』

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 10月といえど昼間帯は汗ばむほどの気温とアスファルトの照り返しでまだまだ暑い。
 そんな昼下がり、彩子(あやこ)はパート帰りのその足で自転車を飛ばして息子の翔太が待つ幼稚園に迎えに向かった。悠々自適の専業主婦生活は長く続かず、稼いだパートの収入もそのほとんどは子どもの習い事や教育費へ。伸び伸び育てるつもりが周囲の話でそうもいかず、パートに家事に習い事――、そんな余裕のない毎日を過ごしていた。

 幼稚園で翔太を引き取り慣れた手つきで抱き上げて自転車の後部座席に乗せると、シートベルトを掛けて帽子を取ってヘルメットをかぶせる。家には帰らず続けて習い事のプールまで自転車で20分、移動中の時間も無駄にできない。彩子は必死にペダルを漕ぐ。

 交通激しい交差点に差し掛かったところで眼前の信号が変わりかけている。この交差点の赤信号が長いことを知る彩子は横断歩道の手前で加速を始めた。すると、それを知るのは彩子だけではなく、すぐ右側の車道を走っている車も然り、交差点にも関わらず加速したその車はこちらの存在を全く無視して交差点を左折してきたのだ。
「ああ、危ないっ!」
 彩子は横断歩道に入る直前で思わず急ブレーキをかけた。当たりはしなかったがヒヤッとはした。逃げて行くように走り去る車をにらみつけるようにその姿を目で追った。
「翔ちゃん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
 と言い終わらない内に信号は変わり、速くも左右から自動車がひっきりなしに横断歩道の上を横切り、一分少しの足止めを余儀なくされる。
「赤になったから止まりましょうね」
 彩子はそう言って自分を無理矢理落ち着かせた。
「赤になったら渡りましょう、だよ。ママ」
「えーっ?」
 こう言うと元気良くハイという返事が帰ってくると思っていた彩子だったが、予想外の返事に彩子は驚いて後ろを振り返った
「何を言ってるのよ翔ちゃん。赤は『とまれ』でしょ?」
「違うよ」翔太は首を横に振った。姉のお下がりの赤いヘルメットが左右に揺れる。
「だって、おじいちゃんがそう言ってたもん……、あっ!」
 翔太は何かを思い出したように急に話を止めて
「ひみつ、ひみつ、ひーみーつ!」
と両手を大きく振ってそれ以上の質問を受けなくなった。

 そんなやり取りをしている内に信号は変わり、彩子も息子の変わりようについてあまり気にも留めずに再び自転車を漕ぎ出した。信号待ちした分早く目的地に着くことしか彩子の頭にはなかった――。