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短編集『ホッとする話』

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 子どもたちはそのうちポロッとこぼすだろうと彩子はたかをくくっていたのだが、ぜんぜんそんな様子がない。夫の悟も短期の出張に出掛けてしまい、家は一人で切り盛りすることになった。近くに両親が住んでいるので不自由はしないが、ずっと頭の片隅に引っ掛かっている
「赤になったら渡りましょう」
の意味がわからない。ちょくちょく家に来る母にそんな事を聞けば余計な心配をされてしまうので聞けるはずもない。
そんな子どもたちが学校や幼稚園で家にいない秋のポカポカ陽気の午前中、仕事のない彩子は家に一人でいるといてもたってもいられなくなり悟の実家に電話をかけた。
「おう、彩子さんですか。何ですかな?ワシゃ元気にしとるぞ」
耳が遠いので大きな声の義父。でも元気なことは一先ず安心。
「お義父さん。花梨たちに何か変なこと教えませんでしたか?」彩子は簡単な近況を話すと単刀直入に本題を切り出した。
「いやあ、そんなことはないと思うんじゃが……」
電話だけに顔色は分からないがどこかしどろもどろだ。でも義父は日頃からそんな調子なので、
「言いませんでした?『赤になったら渡りましょう』って」
ともどかしくなってストレートに尋ねてみた。すると、巌夫は先日の孫との記憶に繋がったのか、受話器を離しても聞こえるくらいの声で、ああと返事が返ってきた。
「ああ、確かに言いましたぞ、じゃがしかしわしゃあそれは間違ってないと思うんじゃが……」
 彩子は受話器を離しつつ心の中で呟く
「赤で渡っていい信号なんて何処にもないじゃないの……」
義父のことだから何か意図があるのだと思うが、彩子には昭和の生真面目な人柄からその裏を見ることはできなかった。
「すまんのう、彩子さん。わしゃちょっと今から会合があるでの」
 一瞬できた沈黙の間に、受話器の向こうからこれまた大きな義母の声が聞こえてきた。遠く離れた電話線の先でも彼が妻に呼ばれたことが分かる。
「じゃから、赤になったら花梨たちを連れて遊びにおいで」
 巌夫はそう言うとガチャンという冷徹な切断音がすると受話器からツーツーと音が空しく鳴り出した。彩子は諦めて受話器を戻した。するとリビングの奥の方で花梨と翔太が肩を寄せあって背中を向けて何やら話をしてるいる――。彩子は耳を立てて姉弟の話を聞き澄ました。

   「お姉ちゃん、いつになったら
    赤になるかな?」
   「知らない、でも赤になる前に
    黄色になるんだよ」
   「じゃあ、今は黄色かな?」
   「そうだね。黄色だったら
    いいのにね」
   「ホントだね」
   「そして早く赤になったらいいのに」

「いったい、何の話をしているんだろう」
 彩子は無邪気に笑う子どもたちの顔を観察したが結局何も思い付くものはなかった−―。