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短編集『ホッとする話』

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 美春を連れて帰ると、先日僕が仕事から帰って来た時と同じように玄関で正座して向かえてくれた。いつも恐縮に思って動作がゆっくりになる僕を置いて美春は母に一言ただいまだけを言って部屋の奥へ入ってしまった。
「みーやん!」
そこは兄としてひとこと注意してやろうと思い声を上げると前に座る母が、
「いいんですよ。あれはあの子の照れ隠しなんだよ」
「はぁ、そうなんだ……」
 母が言うのだから間違いないだろう。確かに、今日空港であったことを反芻すると美春は普段は気ままな感じだけど本当に本当の気持ちを言うのはやっぱり苦手なんだろう。そんな妹の一面を知っている母を見て、それを知らなかった自分のほうが注意されるほどだと頭の中の自分が僕に言ったような気がした。

 美春は真っ先に床の間へ駆け込み、約束の時間が過ぎても主の帰りを待ち続けた一団の前で立ち止まった。
「わあ、待っててくれてありがとう」
立派に飾られた雛人形はいつだって前に来たものをほっこりさせているオーラがある。僕と母は一足遅れて床の間に入り、人形たちとその正面で見とれている美春の横顔をのぞいてみた。
「みーやんは本当にお雛さんが好きよねえ」
「うん」母が言うと美春は振り返り笑って頷いた「コレだけは『私だけのもの』って感じがするから毎年『私が帰って来るまでは飾ってて』って言うんだよ」
 僕は振り返ったその顔を見ると笑うしかなかった。今年で30歳になるのに、その笑顔は5歳いや、それよりも小さい頃から全然変わっていない、全くすれていないのだから。

   * * *

 家族4人で久しぶりに食卓を囲んだ。母はいつもより明らかに手の込んだ食事で嬉しさを表現し、父は箸に手をつける前から顔が赤くなりかけている。数十年前はこれが当たり前だった日常あと何年続くかわからない、食事や酒量に関係なくこうしていられることだけで僕も嬉しい。
 話題は終始美春のセネガルでの話だった、発展途上国の子どもたちは貧しくとも先進国を超える大きな希望を持っていて、学ぶべきことは一杯あると力説していた。目を爛々とさせながら話す妹に僕たちはうんうんと頷いて答える。

 一通りの話題が途切れ、会話が止まったところで美春は一度僕の顔を見た。互いに何も喋らなかったが僕は妹の目を見て一回だけ頷いた。
「大事なハナシ、あるんだけど……」
「え、なになに」
 神妙な顔をする美春を見て興味深そうに聞きたがる母、父はお猪口を持つ手を止めて腕を組んで黙っている。
「実はね……」
「ちょっと待って」話を続けようとした寸前で母が美春の目を見て止めた「『会って欲しい人が、いる』でしょ?」
「へっ、知ってたの?」
「様子をみたらだいたい、分かるわよ。ねえ、お父さん」
 母は横に座る父の肩をバシッと叩いて笑っている。美春は意を決して切り出したはずなのに、逆に両親の方から意表を突かれて次の言葉が出ずに時間が止まった妹の顔を見て僕がプッ吹きだすと一瞬止まった時間が再び動き出した。
「お前がいいと判断した相手なら、ワシらは口出しはしまい。いつ、連れて来るんじゃ?」
「明日、でもいい?」
「ああいいとも。そういうことは早いほうがええ。ワシもこれで長生き出来よう」
 父の一言でみんながつられて笑った。その横で美春は僕の方を向いてペロッと舌を出すのを見て、結果オーライだと目で答えてやった。

   * * *

 僕が風呂から上がって自分の部屋に戻ろうとすると、リビングで母と妹がなにやら話しをしている。扉の向こうで聞き耳を立てているとその声が聞こえてきた――。
「お母さん、何で私が結婚を考えてるって分かったの?」
「だって、みーやん。『いつまで経ってもお雛さんを飾っておいてて』って言うでしょ。それが照れ隠しなのがわかってたからよ」
「お母さん……」
 二人が笑っている声に足音を隠して階段を上がっていった。