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短編集『ホッとする話』

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 僕と美春は連れの男性を連れて空港の喫茶店でひとまず休憩することにした。連れの男性は公則という、美春の大学時分の友人だそうだ。NPO法人に所属しており、世界中で技術を教えて回るエンジニアである。教えて回るということは、行き先は基本的に発展途上国となる。時間を見つけてはそんなアクセスの難しい国へ飛ぶ美春の本当の目的が彼の登場で初めて繋がった感じがした。
「ということは、みーやんは彼を追って毎年海外へ行ってるってコト?」
「そう、だから基本的には一人旅になるの、出発の時は」
「はあ、そういうことか」
 うつむき加減でこちらを見ている美春を見て僕からは何も聞かなかった。妹も何も言わないということは、僕の思っていることはおよそ間違っていないということの証明だった。
「なんだ、その……」
「考えてるよ――結婚」
 なかなか言い出せない単語を言えずにじれったいと感じたのか、先に口を開けたのは美春のほうだった。
「なんだ、ハッキリ言えばいいじゃないか。何かハードルあるの?」
この話題を出してもいいと受け取った僕はその質問に対して率直に聞いてみたが美春はうつむいて答えない。横にいた公則君が変わりにその質問に答えた。
「今度は海外に滞在することが決まってるんです。おそらく数年は帰国できないかと……」
「そうなったらさ、ウチ帰れないじゃん!」
 が続きを話そうとしたところで美春が強い口調で割って入った。
「おいおい、どうしたんだ」
「ただ海外へ行くのだけならいいよ。でも、彼と一緒になって外国に行ったらお父さんお母さん寂しいじゃん。お父さんだってもうトシだし、お兄ちゃんも……」
「俺が、どうかしたか?」
 急に自分が取り上げられたことに意味が分からず反射的に強い口調で答えた。
「だって、お兄ちゃんは独立してさっさと家出るし、私は私でそれなりに考えてたんだから」
「みーやん……」
「お兄ちゃんが悪いって言ってるんじゃないよ。仕事だって大切なのは私もわかる。でもさ、私今までワガママ通してきたから、お父さんとお母さんを放っておくのなんてできないよ……」
 最初の強い口調から尻すぼみに小さくなって行くのを見て僕は思った。妹は今まで自由奔放にやりたいことを我慢せずにやりたいようにやって来たように見えたが、それは自分の思い込みであることを。実は僕も美春と同じようにやりたい放題にやっている、それも妹よりも先に。
 美春は自分が選んだ選択肢を除いた範囲の中でやりたいことをやっているだけなのだ。範囲があるのとないのとでは大違いだ、むしろワガママなのは自分のほうではないか。強く言われたことで僕は妹の本心にハッとしたと同時にむしろ嬉しく感じた。   
「そうだな……」僕は二人の前で腕組みをして大きく息を吐いた「みーやんが本当に望むなら、言ってみたらいいじゃないか。とにかく実行してみて、不具合が出ればそのときになってから考えようじゃないか」
 僕の口からこぼれるように言葉が出た。仕事では常にシミュレーションして避けられるリスクは極力さけるべきと考え、教えてきた自分が言うとは考えられない。でも、僕は言ったことを否定しないし、むしろ僕の中にいる本当の自分が言った言葉のような気さえした。