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短編集『ホッとする話』

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 夜も遅くなったので僕は自分の部屋に入った。連絡をいれていたので昨日母が丁寧に掃除した様子が部屋のにおいで分かる。長らく使われていない部屋ではあるが寝泊りするだけなので二度来ることはないであろう駅前のビジネスホテルの一室よりは断然良い。
 僕はベッドに寝転がり、携帯電話を開けた。家に「無事着いた」メールを送ったあと送受信の確認をする、するとしばらくの問い合わせのあとに二通のメールが入っていた。僕はその送り主を確認してメールを開けた、送り主はいずれも同じ、今日話題になった美春からだ。

  「お母さんから聞いたよ、
   実家に帰ってるんだって?
   私は土曜の昼に日本に
   帰るよ@パリ」

  「仕事休みなんでしょ?
   だったら迎えに来てよ、
   お願いお兄ちゃんに来て
   欲しいんだ」

「なんだよ、全く。その年になっても兄をパシリにするかぁ?」
といいつつも僕は手帳を開けてスケジュールの再確認をした。偶然というか、生憎というか土日は先方の都合もあって仕事はない。急な出張のため特に予定を入れていなかった僕は文句を言いながらも結局妹のお願いを受けることにした。いつもこうだ、タイミングが上手というか下の子だからか美春はお願いのしかたがうまい。

   * * *

 週末の仕事を終え土曜日の休みを迎えた僕は、口では文句を言いながら父の車を借りて足は空港に向かっていた。親には「地元の友人に会いに行く」と言って家を出てきたので何も疑われなかった。美春は私用で海外へ高飛びして戻ってきた時は両親を迎えに頼んだりはしたことがない、あんな妹ではあるが親を駒のように使ってはいけないことぐらいはわきまえているようなので、僕はそこを評価して迎えにいってやることにした。行った先はいわゆる発展途上国だ、僕も経験済みだがそういった国へ行くのにはかなりのバイタリティと荷物がいることくらいは知っている。

 帰国のロビーに着いた僕は到着した飛行機の時刻表を見ていると、パリ経由でセネガルから帰ってきた飛行機がちょうど着いていた。ゲートに回り、世界中のあちこちからやってきた人ごみの中に一人だけ見慣れた姿がカートを押しながらこちらへ近づいているのが見えた。
「お兄ちゃん!」
 僕を見つけるや否や押していたカートも放ったらかしにして両手を大きく振って走って来たかと思えば、お互いにいい年なのに妹は僕に抱きついて無事の帰国を報告した。
「おいおい、何やってんだよ」
子供のようにはしゃぐ美春。年の差が大きいためか、いくつになってもこんな調子なので周囲の目が少し恥ずかしい。僕はこんな時は周囲を見回す。すると、僕と美春のやり取りを最初から見ていたであろう青年と目が合ってしまった。
「どうも……、初めまして」
 後ろ10メートルのところ、ちょうど美春がカートをほったらかしたすぐ横に同じようにカートに手を掛けてつっ立っている。年は30前後だろうか、行ってきた国が行ってきた国だけに日焼けしていて顎の無精ひげが印象に残るが身なりは正せばちゃんとできそうな印象がする男だ。こちらを見て軽く会釈するので僕も会釈を返した。
「一人で行ってたんじゃなかったの?」
 僕は予想しなかった人物との出会いに頭の整理がつかずあれこれと自分の記憶と世間の常識をあてもなく辞書をめくるようにパラパラと繰っていた。それがどういう意味なのかはおよそ分かる、しかしそんな様子が全くなかった妹だけにそれを受け入れるのにすこし時間がかかった。
「いや……、厳密に言うと一人なんだけど」
ちいさく頷く美春。隠し事が見つかったような表情をしているのは彼女が小さい頃から全然変わっていない。それだけでおよそわかったので僕はそれ以上の質問は愚問と思ってやめた。