紺碧を待つ 続・神末家綺談3
考えがシンクロしていたようだ。伊吹は好奇と不安に満ちた表情でこちらを見つめている。
「・・・なに急に」
「この屋敷にもかつて神の加護があったんだよね。俺はじいちゃんが死んだら神様と結婚するけど、それがどういう存在なのかよく知らない」
「神末の花嫁は、屋敷の裏手にある神末神社の神殿から、更に山を登った場所に祀られているって聞いた」
「あそこは立ち入り禁止なんだ・・・」
「そう。そこに入れるのは、お役目だけ。それも先代が死んで代替わりする夜、つまり婚姻の夜だけだ」
若かった穂積も、先代が死んだとき、一人であの山を登ったのだ。石段が延々と続いているというその先へ。婚礼の衣装を身にまとい、そこで待つ神と契るために登っていくのだ。一晩をお役目は山で過ごす。そこで何を見たのか、どのような儀式を体験するのか。それは歴代のお役目しか知らない。式神である瑞も知らないし、知ってはならないとされている。
「俺もいつか、そこへ行くんだね」
呟くような伊吹の声に、不安や恐怖はない。ただ単に、いまはまだ遠い見知らぬ世界を、ぼんやりと眺めているような、そんな口調だった。
そんな未来に行かせたくないと、瑞は強烈にそう感じた。
婚姻はすなはち、家に捕われることを示す。結婚もできない。子をなすこともできない。歴代のお役目のそんな人生と、それを当たり前として受け入れる異様さを、瑞はずっとそばで見てきたのだ。
「・・・伊吹、」
「うん?」
「お役目を継ぐのか」
なぜこんなことを問うているんだろう。瑞は悲しい気持ちになった。
「だって・・・それが俺の義務だもん。何言ってるの、瑞」
「・・・当たり前のように言うんだな」
わずかに失望しているのはどうしてなのだろう。瑞はそんな自分を客観的に疑問視しながら、伊吹の言葉を待つ。
「俺、じいちゃんみたいになりたいんだ」
「・・・穂積?」
「それで・・・瑞に信頼されるお役目様に、なりたい」
ああ、そうか。こいつは俺に気に入られたい一心なんだな。瑞はぼんやり思う。
主従ではなくて。それを超えた絆で繋がっている自分と穂積のようになりたいのだろう。
自由を捨ててまで?
誰かと、たとえば絢世のような愛らしい少女と恋をすることもせず?
作品名:紺碧を待つ 続・神末家綺談3 作家名:ひなた眞白