紺碧を待つ 続・神末家綺談3
茂みの脇から現れた紫暮が、腹を抱えて笑っている。
「告られて返事に困ってる高校生かおまえは!腹痛い!腹裂ける!」
「お、おまえなんでいるんだよ!!」
「いや二人が裏山に上っていくのが見えて、お役目様が危険があるかもしれんと言うから追いかけてきたんだよ。決して盗み聞きとかじゃなくてかわいいなあもう二人とも!!」
「紫暮さんやめてよ!俺が瑞に告ったみたいに言うのやめてよ!」
「それに近いことをしてたよきみら」
「してないよ!ほんとやめてよ!そんなに笑われたら恥ずかしくて埋まりたいよ!」
ひとしきり笑ったあとで、突如いつもの落ち着いた表情に戻った紫暮に、ぐったりと疲れた伊吹と瑞であった。
「伊吹くんは本当に一生懸命だなあ」
ぷんすか怒りながら前を行く瑞の背中を追いながら、しみじみと紫暮が言う。
「またからかって・・・」
「違う違う。ごめんね。さっきのは本当に悪気はないんだ。俺、あいつがおろおろしてるの見るのが楽しいんだ」
十分悪気があるような・・・。
「伊吹くん相手には、あいつお得意の知らん振り・無関心の振り、は通用しないんだな」
「はい?」
「特別なんだってこと。ざまあみろだな、瑞のやつ」
嬉しそうに紫暮が言う。伊吹には理解できない。
おいそこ、と瑞が不機嫌そうに振り返る。
「俺の悪口はやめて仕事をしろ」
「はいはい。何か収穫があったのかな」
「あったようだぞ。これを見ろ」
突然開けた場所に出て、瑞がその中心に座り込んだ。
「なに?」
「ここだ。これは・・・石段か何かの名残か?」
そこには苔むした石が転がっている。砕けているようだが、角ばった石は明らかに人工物のようだ。
「こっちに続いているようだ」
「行ってみよう」
鬱蒼とした森はもはや、夏の明るさなど届かぬ領域だ。生き物の声がしない。
「ここにはかつて、ひとが出入りしていたンだろう」
瑞がそう結論付ける。苔むした石。おそらく石段、石畳のたぐいだ。そして灯篭の残骸と思われるものも見つけた。
「これは・・・」
そして山の深くで見つけたものは、朽ち果てた黒い鳥居と、同じく風化して風景に溶け込んでしまっている小さな祠(ほこら)のようなものだった。
「信仰のあとだ・・・」
伊吹はかがみ込み、砕けた祠に手を触れた。
「ここにはかつて、神様が祀られていたんだ。だけど信仰はもうない。放棄されている。ここにあるのは抜け殻だね」
「場所からいっても、館林家の管理していたものだろうな」
神様。信仰のあと。神末家と同じなのか、と気づいて伊吹は立ち上がる。
作品名:紺碧を待つ 続・神末家綺談3 作家名:ひなた眞白