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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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紺碧を待つ 続・神末家綺談3

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「はじめよう」

穂積の声が響くと同時に、先ほどまでの空気が一変した。

「・・・」

紫暮は声も出ない。穂積の一言を合図にしたかのように、彼を中心に少しずつ空気が凝縮していく感覚。耳鳴りと、鳥肌。

―――ン、

(口笛・・・なんて綺麗なんだろう、)

穂積の口笛は、細く細く、耳を済ませなければ己の鼓動で消えうせてしまいそうな繊細さで夜を流れる。震えることも、音が乱れることもない。誘われるように目を閉じる。一定の音量で響き渡る音色は、心地よく身体を包み、脳の内側から、自分の知らない記憶を呼び覚ましそうだ。もう少し、あと少し、自分は何か忘れていて、それを思い出そうとしている・・・。

花散る彼岸より、花咲く此岸へ。魂よ帰れ。いまひとたび帰れ。

「!」

聞き入っていた紫暮だが、隣の瑞から肘で突かれて我に返る。

これはもうこの世の音ではない。聞いてはいけない音なのだ。
此岸と彼岸の境界を、曖昧にするための音。聞き入ってしまえば、魂がひっぱられてしまう。我に返って紫暮はぞっとする。生きている人間が、この世のものでない音を奏で、彼岸の言葉を紡ぐ。これがお役目の仕事なのだ。

どれほど続いただろう。静かに、まるで闇に溶けるようにして口笛は聞こえなくなった。

「来ている」

瑞が囁くように言った。ろうそくの火が揺れる祭壇を見ると、座布団の上に何かもやのようなものが揺らめいていた。

(女だ・・・)

陽炎のようにゆらめく上半身の輪郭。髪を結い上げており、和服姿なのがかろうじて見て取れた。魂が、帰った。

「・・・瑞、もって五分だな。頼むよ」

穂積の印を組んだ指が激しく震えている。魂が怯え、ここにとどまることを拒絶しているのだ。おそらく、床下を恐れて。

瑞が穂積のそばに座り、目を閉じた。その手には、昨日伊吹が持ち帰った短刀が握られている。死者との対話を試みようというのだ。女と瑞、死者と、生者ではないもの・・・ひとではないもの同士の無言の対峙を、紫暮も黙って見つめた。

(・・・こいつは、何なのだろうな・・・)

伊吹と同じ疑問を、改めて瑞に抱く。こうして死者と対峙している姿を見ると、やはり自分たちとは異なる存在なのだと思わされる。この瑞と、同じ視線で同じものを見て、同じ事を感じて生きている穂積と、自分もそうありたいと願う伊吹は、やはり異質なのかもしれない。