紺碧を待つ 続・神末家綺談3
「・・・今でも誰か通ってるのかな?」
「いや、人間じゃない。足跡もないし、草の踏みしめ方が違う。イノシシだろう」
「草ボーボーだね・・・」
「行ってみるか」
木々の隙間を縫うように進む。雑木林の中は、日差しも途切れてひんやりとしている。
「・・・セミの声がしない」
瑞の呟きに、伊吹も違和感を覚えた。雑木林に踏み入ってから、一斉にセミが鳴きやんだのだ。不気味だ。まるで誰かに監視されているようなタイミング。
「気にしなくていい。俺がいるから大丈夫」
その言葉が、伊吹に両足を動かす勇気をもたらす。瑞は歩調を緩め、伊吹が追いつくのを待ってくれた。
(・・・そういえば、昨日の答えを聞いてない)
昨夜のやり取りを思い出す。結局あれから有耶無耶になって寝てしまった。
(瑞は、どんなとき嬉しい?楽しい?俺はそれを、叶えてやりたい・・・)
何も語らない背中をじっと見つめる。
(いつも、どんなこと考えてる?本音なんて絶対言ってない。永い時間の中を、どんなふうに過ごしてきたんだ?じいちゃんが叶えてくれるって言う、おまえの望みは何?俺に何が出来る?おまえのために何かしたいんだ。主従関係なんて嫌なんだよ)
声に出したいたくさんの思いを心の中でぶつけてみても、むなしいだけだった。そんなこと、言えるわけない。聞けるわけない。絶対答えてもらえない。
「どうした?」
立ち止まった伊吹をいぶかしみ、瑞が振り返った。
「・・・あ、何も、ないよ」
どんなに近くにいても、瑞は遠い存在だ。
眠れぬ夜の苦悩など。
たくさんの命を見送り、一人ぼっちで行き続ける孤独など。
伊吹には絶対わからないのだから。
「・・・言ってよ、気になるから」
「えっ?」
作品名:紺碧を待つ 続・神末家綺談3 作家名:ひなた眞白