紺碧を待つ 続・神末家綺談3
目の前に降り立った気配に目を開き、伊吹は静かに語りかけた。
「だから俺に話して。あなたをここに閉じ込めたものは、なに?」
女性だ。伊吹の前に座っている。結い上げた髪、粗末な着物。頬はこけ、虚ろな瞳はじっと床を見つめている。帰ってきた魂。女性は静かに口をあけるが、声は出ないようだった。
(だめだ、俺の力じゃ、喋らせるまでは・・・無理っ・・・)
指が震えだす。組んだ指が猛烈な力で引きちぎられそうになる。印がとければ魂は再びあちらにかえってしまう。
「くっ・・・!」
女性の虚ろな瞳に、感情が宿る。恐怖だ。見開かれた両目。顔を覆い、ぶるぶる震えだした彼女の口が、動いた。
――来る、と。
「っ!!」
その瞬間、弾けるように印が解け、女性の姿は消えた。血の匂いと禍々しい気配。世界が一変する。伊吹は立ち上がり、印を結び直す。あいつが戻ってきたのだ。伊吹は先ほどよりも冷静な頭で思った。
「臨、」
一言一言に、力を込める。水音は、伊吹を見つけて近づいてくる。とぷん、とぷん。
「兵、」
一言ごとに印を変える。恐怖と緊張に負けないように、かみ締めるように唱える。今度は力を削いでやる。声に宿る力を、ありったけ集中してぶつけてやる。
「闘、者、皆、陣、烈、前、行!」
危険を感じてか、近づく気配が鋭さを増す。伊吹は声を張り上げた。
「こちらに近づくことは許さない!急急如律令!」
剣印を思い切り払う。水音と、呻くような気味の悪い音が響き渡った。今なら閉ざされた扉が開く。
作品名:紺碧を待つ 続・神末家綺談3 作家名:ひなた眞白