紺碧を待つ 神末家綺談3
見えない誰か
ゆさゆさと、誰かが肩を揺さぶっている。心地よい眠りから覚め、伊吹は目をこすった。
「伊吹くん、着いたよ」
紫暮の声、自動車のエンジン音。目を覚ました伊吹が車内から見たのは、夕暮れの近づく山際の、強烈なオレンジ色だった。
「・・・ここ?」
京都から新幹線で二時間、そこから在来線に乗り換えて一時間、更に車に乗り換えて三時間。目的地に着くころにはクタクタだった伊吹だが、これから仕事が始まるのだ。へばってはいられない。
伊吹らと荷物を下ろすと、ここまで送ってくれた依頼主の親族とやらは、逃げるようにして山を降りていった。
「ここが、神隠しの家・・・」
広大な山を背に立つ、巨大な二つの建物。立派な日本家屋だ。ここへ来るまでに小さな集落があったらしいが、屋敷周辺には民家は見当たらなかった。暗くなりつつある空の下に広がる広大な日本庭園は、木が折れていたり灯篭が倒れていたりとひどい有様だ。
(不気味だ・・・)
伊吹はそう感じた。不気味だ。
死んだ家、死んだ庭。そんな想像を抱かせる。
「お待ちしておりました」
依頼人の館林(たてばやし)が大きな玄関口に立っている。せわしなく視線をうろつかせる老人は、何かに怯えるように肩を縮めている。手短に自己紹介をしたのだが、彼の耳には入っていないように伊吹は感じた。老人は恐れている。この家を。
「依頼内容は事前にお伝えしたとおりです」
震える声で彼は言い、茶封筒を穂積に手渡した。
作品名:紺碧を待つ 神末家綺談3 作家名:ひなた眞白