紺碧を待つ 神末家綺談3
「お受けしますよ」
穂積が静かに答え、清香が深々と頭を下げた。
「紫暮を同行させますから、どうか使ってやっておくれやす。それから瑞」
清香の視線が、だらしなく頬杖をついていた瑞に移る。
「あんたは何があっても、お役目さんと伊吹はんをお守りするんやで」
「はいはい」
「またそんな・・・ふざけた態度で!はい、は一回や!」
「そんなに怒ると血圧あがるよ?もう年なんだから無理しないの」
「こンの・・・!」
瑞の暴言に着物の裾を乱してがばっと立ち上がりかけた清香だが、すぐに冷静さを取り戻して座った。
「いややわあ、みっともないとこお見せしましたなあ」
先ほどの鬼の形相が嘘のように柔和な表情に戻った清香を、伊吹は初めて怖いと思ったのだった。
伊吹らは今夜は須丸邸に泊まり、明日の朝一番の新幹線で目的地へ向かうことになっている。まだ夕食までは時間がある。伊吹は一人、広大な庭園を散歩していた。穂積は清香とまだ話があるようだったし、瑞はどこかへふらりと消えてしまった。
「・・・紫暮さん、」
石畳の先に座りこみ、池の鯉にえさをやっている紫暮を見つける。
「伊吹くん。何もなくて退屈だろう。瑞のやつはわざわざ市街地まで出かけたよ。どうしても水族館に行きたいとかで」
「そうですか・・・あいつ、勝手なんだから」
昔からだよ、と笑う紫暮の横顔に、伊吹は問うてみた。
「瑞が、一体どういう存在なのか、あなたは知っていますか?」
「瑞?あれは護法神だね。神末のお役目を引く血と契約を交わしている」
「それは、知っているんですけど・・・どうしてあいつが式神になったのか、もとはどういう存在だったのか、血の契約って何なのか・・・俺はそれが知りたいんです」
そして、どうして穂積だけが特別なのかも。
伊吹の真剣な声に気づいてか、立ち上がった紫暮がこちらに向き直る。
「瑞には・・・聞けないから。俺はまだ主として認められてない。自分の力であいつをわかってやりたい」
そう、と少し意外そうに紫暮が呟いた。
作品名:紺碧を待つ 神末家綺談3 作家名:ひなた眞白