紺碧を待つ 神末家綺談3
「その館林(たてばやし)さん言わはるお方なんどすけど、今年70を数えるおじいちゃん。この方のご実家が、山の中にあるえらい大きなお屋敷で。自分が相続したのはええけど、もう取り壊したいとのこと。そやけど、ここが有名なオバケ屋敷なんやて」
オバケ屋敷?
「紫暮、あれあったなあ、地図みたいなん」
「はい。屋敷の見取り図を作っていただきました」
紫暮がこちらに向けてA3の紙を差し出す。
「右側の三階建てが母屋です。そして左側が、戦後増築した二階建ての新館。この二つの建物を繋ぐのが、この廊下」
紫暮の長い指が、二つの建物の真ん中にある長い直線を指す。
「50メートルはある廊下です。母屋と新館を繋いでいます。廊下の両側はガラス戸をはめ込んであって、長い廊下から美しい庭園を眺めながら歩けるんですが・・・この廊下で人が消えるというんです」
消える?
「これまでわかってるだけで、二十人ほどかいなあ。消えたもんは。戦争で記録も焼けてしもうて、明治以前の記録がないさけ、正確な数や、いつから始まった現象なんかはもうわからんとのこと。二人で廊下を歩いとって、前のもんが振り返ったら、おらんよになっとったゆう例が多て。ほんまに煙のようにおらんようになるんやと」
神隠しというやつだろうか。煙のように人が消えるなんて、ちょっと信じがたい話だった。
「遊びにきたお客人、消えたもんを探しにきた消防団・・・老若男女、一族のもん他のもん関係なく消えるらしゅうて、今はもう閉鎖されとるんどす。館林さんらもとっくに引っ越していまは無人なんやけど、一月ほど前ここに肝試しに来たとかいうアホなボンらが、三人いっぺんに消えて帰ってこんのやと。さすがに怖くなったし地元のもんからも取り壊せいう話が持ち上がって」
それはそうだろう。怖すぎるではないか。
「館林さんとしてはすぐにでも壊して手放したいんやけど、こんなけ人が消えてる場所や。一族に祟りでもあったらかなわんから、何とかしてほしいんやて」
それが依頼内容ということだ。
人が消える廊下。その原因を突き止め、異常な状態を正常に戻せと。
作品名:紺碧を待つ 神末家綺談3 作家名:ひなた眞白