紺碧を待つ 神末家綺談3
神隠しの家
薄紅の着物。結い上げた美しい白髪。刻まれた皺が微笑みをいっそう優しく見せてくれる。清香を前に、伊吹は懐かしく温かな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
「五年ぶりどすな」
心地よい京都弁を操る当主、須丸清香。優しいおばあさん、という容姿とは裏腹に、彼女が須丸家を取り仕切り、政界とも通じている大物であることは周知の事実である。神末と須丸を守るためならば神でも殺す女だ、とは瑞の言だ。
「ご無沙汰をしております」
「そんなかとうならんと。ほら、お茶でも」
広々とした座敷からは広大な庭園が見えた。大きな池、手入れされた庭木たち。その向こうに佇む山は滴るような緑である。
「おかわり」
「あんたに飲ます茶はない」
「氷のような女だ」
「池の水なら飲み放題、好きなだけどうぞ」
瑞に対してのこの冷ややかな態度は、若かりし乙女だった清香が、穂積に恋をしたのを瑞がことごとく邪魔したから、と聞いた。邪魔も何も、穂積は神の花婿。最初から報われない恋だったんだからいいじゃない、と笑う瑞だが、彼女の恨みは深そうだ。
「お待たせをいたしました」
紫暮と絢世がやってきて、清香の隣に座る。立派なヒノキの座敷机を挟んで、伊吹、穂積、瑞が並んだ。
「では始めましょうか。今回の依頼主は、山陰のとある資産家はん。依頼をお受けして精査したところ、お役目様のお力が必要と判断し、およびした次第どす」
伊吹はごくりとつばを飲み込む。須丸家でも解決できないというその事案。どういったものなのだろう。
作品名:紺碧を待つ 神末家綺談3 作家名:ひなた眞白