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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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夜のゆびさき 神末家綺談2

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契約



塩素の匂いのする生乾きの髪を、心地よい夕風が揺らす。プールの帰り道、商店街の駄菓子屋で買ったアイスを食べながら、伊吹は同級生達と夏の計画について花を咲かせていた。

「お泊り会!いよいよ明日だなー」
「徹夜でゲームできるな!」
「お菓子とか持っていこうぜ。マコトんちでかいから楽しみ!」

夏休みならではのお楽しみといえば、友だちの家にお泊りだ。伊吹の胸は高鳴る。夕方バイバイしなくていいなんて、お泊り会とはなんと素晴らしいのだろう。いくら遊んでも遊び足りない年頃の伊吹らにとって、それは夜に出歩く祭りの晩や、夜更かしできる大晦日に負けないくらいの特別な夜なのだ。

「あっ、バス来た」
「そんじゃ明日なー」

村に向かうバスが到着し、伊吹は朋尋と一緒に友人達に手を振った。
ガタゴト揺れるバスには、伊吹らの他に乗客はいなかった。この田舎に車は必需品で、大人はたいてい車で移動。バスは伊吹らのような子どもや、町の高校に通う学生達の利用者が多いのだ。

「そういや伊吹は夏休みどっかいくのか?」

朋尋に尋ねられ、伊吹はうきうきしながら答えた。

「花火大会いく。隣町の」
「すげえ、それCMでやってるやつだろ!いーなー!」

瑞が連れて行ってくれるのだ。意外な展開だったが、単純に嬉しい。この夏は何だか特別だ。初めての花火大会。夜の海に打ちあがる花火を想像し、伊吹の頬は緩む。

帰宅すると、佐里と穂積の姿は見当たらず、奥の間からなにやら機械音が聞こえた。覗いてみると、瑞の薄い背中がこちらを向いているのが見える。

「・・・ただいま」
「伊吹か、おかえりー」
「何してるの」

瑞は足踏みミシンで何か縫っている。そばへ寄ると、ガガガという音が止まり、瑞が歯で糸を切るのが見えた。

「体操着袋、破れたって言ってたろ。佐里はもう目が悪くて見えないっていうから、ほら」

ぽい、と放られた体操着袋を受け取る。

「あの・・・ありがとう、」

木の枝にひっかけて裂けてしまった部分がきれいに縫われており、なんだか、気恥ずかしいようなむずがゆいような気持ちになる。縫い目の丁寧さが、そのまま瑞の気持ちを表しているような気がしたからだ。いつもはぞんざいに扱われている気がしているが、本当は伊吹のことを家族として大切に思ってくれているのかもしれない、なんて。

「佐里はまだ畑だから、戻ったら夕飯だ。穂積は三谷さんのところに・・・・なに笑ってンの?」
「わ、笑ってないよ」
「嘘だ、にやにやしてる」

針箱をしまいながら瑞がミシン台から立ち上がる。

「あ、明日からマコトんちでお泊り会だからだよ!」

咄嗟にごまかすが。

「フフン、大事そうにしちゃって。ご用命の際は、またいつでもドーゾ」

体操着袋を大事そうに抱えていた伊吹に気づき、瑞はからかうように笑うのだった。

「お泊り会だっけ?あんまハメ外さないでネ」
「夜までずっとゲームしたりするんだよ」
「間違っても、この前みたいに肝試しなンか行かないように」

それはもう懲り懲りだ、と伊吹は息を吐く。夜の闇は、伊吹が思っているものよりもずっとずっと深いのだとよく分かったから。