夜のゆびさき 神末家綺談2
青白い月の下に佇むそれは、なるほど地蔵のようだ。伊吹は背筋がぞっとするのを感じた。別に霊気を感じ取ったとか、いやな予感がしたからとか、そういう意味ではない。ただ、ものすごくおかしいのだ。校舎の中に地蔵がある。そのミスマッチで意味不明な状況が、ただただ不気味で怖いのだ。
「よし、誰が指さされるか行ってみようぜ」
ノリノリのマコト。冗談だろう、と伊吹が息を呑んで止めようとしたとき、マコトの肩を引いたのは朋尋だった。
「よそうマコト。もういいだろ」
「何だよ朋尋、怖いのかあ?」
「こえぇよ。おまえ、怖くないわけ。俺らの中の誰かが、ほんとに消えるかもしんないのに?」
その言葉に、マコトはふと真顔になる。
「やだぜ俺。友だちが連れてかれたら。お地蔵さんてさ、意味があってあそこに存在してんじゃないかな。フキンシンっていうか、こういうのよくないんじゃないの」
朋尋の言葉に、マコトが恥じ入ったのか俯いてしまっている。やがて彼は朋尋の言葉をよくよく理解したのか、顔をあげて詫びた。
「・・・そう、だよな。ごめん・・・俺、悪乗りしちゃうから・・・」
その言葉に、伊吹は朋尋と顔を見合わせて笑いあう。よかった。もう帰ろう。そう目配せしあったとき。
カン、
「・・・!」
乾いた音が校舎内にこだまし、三人は棒を飲んだように立ち尽くした。
「なに・・・今の」
音の唐突さに、戸惑う。誘うように鳴った音。
「古い建物だから、音くらい鳴るだろ」
マコトがそう言った直後。
ギシギシギシッ
「わあ!」
伊吹らのすぐ背後、階段が鳴った。まるで誰かが駆け下りていったような。
「誰だっ!」
「マコトっ!痛っ・・・!」
マコトが階段を駆け下りていく。止めようとした伊吹は、きびすを返したマコトの腕にぶつかり尻餅をついた。
「伊吹、大丈夫か」
「それより、マコト・・・」
二人も慌てて階段を駆け下りる。伊吹の背中に、冷たい汗が流れた。何だろう、すごく嫌な感じがする。
「・・・あいつ、どこ行ったんだ?」
階下の開けた玄関に戻るが、マコトの姿は見当たらない。しんとした玄関ホールに、青い月明かりが降り注いでいるだけだ。
「そんな・・・おかしいよ、いま階段を下りたのに」
玄関ホールから両脇に廊下が伸び、教室やトイレの表示が見て取れる。隠れる時間なんてなかったはずだ。玄関を開ける時間もなかった。
彼は唐突に消えてしまった。そうとしか思えない。
「マコトー!どこだー!」
朋尋が呼びかけるが、返事はない。
「・・・朋尋、だめだよ。マコトはたぶん、どこにもいない」
「は?」
「わかるんだ・・・どこにもいない。校舎中を探しても、たぶん見つからない」
作品名:夜のゆびさき 神末家綺談2 作家名:ひなた眞白