アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一の呟き
花見、その後
嵐のような数時間だった。
幸いにして、いや、不幸にして黒毛和牛は気付いたらなくなっていたが、懸念していた酒の方は余ること無く、無事に終了した。
黒毛和牛は…『一口目だけは』と思っていたのに、先に出したばかりに食うより先になくなっていた。
こうなることを予想しなかったわけではないのだが、まさかあれほど早くなくなるとは…。
それでもまぁ、ご近所さんとの交流の一歩目としては、十分に手応えはあったと思う。
二階にいる双子とは普通に友達になれそうだし、参加者の大人たちは割と良識派が多く、話が通じそうな相手ばかりだった。
とはいえ、一方で『死なない』と言う噂の人物を始め『色』の視えない人物も数人いたのだが。
意図的なのかそうでないのかは、測らなかったが、その気にさせても良いことは何一つ無いわけだし。
三階建て、十五部屋しかないハイツなのに、存外魔窟の類だったらしい。
まぁ、『木を隠すには森の中』とも言う。
自分のような『異端』が『人外』の魔窟に隠れるのも、まぁ悪く無い。
人外といえば、田中くんはあの後大丈夫だったんだろうか。
出来れば祐一は、『あの人』に目をつけられないように生活したい。
若しくはあの人に爺さんから自分の捕縛依頼が入っても、断ってくれるような関係を築きたい。
正直、自信はないが。
いや、常に酒と肉を貢いでおけばなんとかなるのか、意外と。
買収もまた、立派な『交渉』の一つでは有る。
他には、見た目二十歳くらいに見えた柏原さんが自分と一つしか違わないと言うことにも驚いた。
飲ませた後になって随分ふらついていたので、部屋まで送ったのだが、周りの人が色々心配したりヤジを飛ばしたりしていた。
自分は一応紳士的な振る舞いをしたつもりだったのだが、残念ながらそのようには見えなかったらしい。
後から来たお兄さんは『別の心配』をしていたようだが、特にコレといって、大きな問題は無かったように思う。
(しかし、酔っぱらいというのはどうしてああ他人の事を殴る蹴るするものかね)
祐一の相棒は『酒は飲んでも飲まれるな』を地で行く人だったが、『交渉』の相手を介抱しようとすると大抵はそういう目に遭ったものだ。
(酒を飲んで、『飲まれてしまえば暴れる』のは普通のことだよな?)
『ごく普通でしたよ』
と、柏原さんのお兄さんに答えはしたものの、それがこの場所で普通なのかは、祐一には今ひとつ分かっていない。
自分にとっては普通だったと言うだけだ。
(まぁ、いいか。別に怪我したわけじゃないし)
酔っ払ったロシア軍人を介抱するのに較べれば、大したことはない。
後、自分が『アイン』と呼んでいたあのアッシュグレイは、ハイツ内では色々好き勝手な呼び名で呼ばれていることも解った。
平田が『色々な呼び方』をしているような話はしていたが、ハイツ内でこうも違うものとは思ってもみなかった。
一番分からないのは『志村の旦那』とか…
アイスくらいならともかく、志村の旦那って何だ??
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一の呟き 作家名:辻原貴之