アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一の呟き
ひったくり犯、その後
ある日の帰宅後。
部屋でのんびりローカル局のラジオを聞きながら、コンビニで買ってきた焼きそばパンを齧っていると、地域版のニュースが流れ始めた。
――…町にて、四日13時半ごろ、ひったくりを行った大学生二名が現行犯逮捕されました。犯人の男性はA大学の二年生U容疑者と同じく大学生の19歳の少年で…
「あー、大学生だったんだ…。てっきりそれで生活してる人かと」
祐一が出会うひったくりの類は基本的に『そうしないと食えない人』だ。
そういう意味では、大学生という身分で、ハイリスク・ローリターンな類の犯罪に走ったひったくり犯はかなり間抜けと思わざるをえない。
まぁ、どちらにしても弱肉強食の掟は変わらない訳だが。
「学費でも払えなかったのかな…?不況だしなぁ…」
流石に、骨折するような逆襲に遭ったら二度と手を染めようとは思わないだろうし、今暫くは治療に専念するべきだろう。
「でも、保険は効かないんだろうなぁ…」
犯罪行為に及んだ上に返り討ちにあって入院…したのかな?
何れにしても、取り敢えず骨折を癒す間くらいは大人しくなるだろう。
「犯罪は割に合わないよなぁ…」
自分の方こそ犯罪に手を染めている癖に、勝手な言い草だとは思う。
時折思う。
大きな『火種』になるまいと、悪知恵の限りを尽くして犯罪を繰り返し、自らの存在を消し続けることの意義って、何なのだろう。
そう考えれば、ひったくり犯は可哀想な部類だ。
彼らが屈したのは『正義の味方』などではなく、『より大きな悪』なのだから。
――目撃者によれば、犯人逮捕はひとりの高校生の少年のおかげであり、少年が犯人の動きを止めたあと、なぜか走って行ってしまったということで、警察は彼に感謝状を送りたいと…
「ブッ!?」
思わず吹き出す。
慌ててティッシュを取ってこぼした焼きそばのカスを拾い集める。
いかん、散らばりすぎ。
結局、拾う事を諦めて掃除用の粘着シートを取り出してコロコロと転がして集めた。
「…か、顔は割れてないよな…?」
流石にコソコソするような態度をとれば、逆にそれが怪しまれるのは明白だ。
何も知らない振りを続けるのが得策だろうと理性が判断すると、『まぁいいや』という気分になった。
この程度でニュースが流れるのは困りものだが、まぁ、ローカル局だし大丈夫だ。
しかし、問題は平田の奴だ。
(アイツ、あの話吹聴して回ってるんじゃないだろうな…)
祐一は明日から平田がこの話を振ってきたら『何言ってんのお前、いきなりぼけたのか?』と知らんぷりで通すことに決めた。
翌日。
「うーっす。あのさ、藤井っち、この間のひったくりの話なんだけどさ」
案の定、というか、開口一番、平田は誇らしげにその話題を振ってきた。
「ひったくり?あぁ、大学生が捕まったって言う、アレ?」
「え、何言ってんの、お前が蹴り飛ばしたんじゃん、『ドカァッ!!』って、こう…」
平田は祐一がしたのを真似てカンフーのように左脚を持ち上げる。
どうでもいいが、それは回し蹴りだ。
そんな蹴り方をしても原付に激突するだけだぞ。
とは、流石に言わなかったが。
代わりに祐一は、心底心配そうに平田の顔を見つめると、眉を顰めた。
「お前、熱有るんじゃねぇの?あの日はバスで桜見て、買い物して、直ぐ帰ったじゃねぇか」
祐一の表情を見て、平田の表情が変わる。
困惑している『色』がアリアリと見えた。
「え、だって…アレ?」
平田は糸目を更に細くして、首を傾げる。
「おい、大丈夫か。お前、顔色悪いぞ?先生に『保健室行く』って伝えといてやろうか?」
困惑を理解しながらも、祐一は立て続けに心配顔を続けて、平田の顔をのぞき込む。
「え、…オイ。…だって、アレ??えーっ!?」
…あの話を『夢の出来事』に出来る日も、そう遠くないだろう。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一の呟き 作家名:辻原貴之