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つばめが来るまで

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「さあね。親戚にでも預けたんじゃない。」
「親戚はどこか御存知ありませんか?」
「知らないわよ。忙しいんだから、勘弁してよ。」
「すみませんでした。」僕は、それ以上聞くことが出来なかった。この人は、何も知らないか、知っていても何も言わないだろう。
 これ以上、大津にいても仕方ない。僕は、東京に帰ろうと思った。
 帰りの新幹線の中で考えた。彼女は結婚詐欺師だったのか?店の経営が厳しい事は何となくわかった。それを埋め合わせる為に、次々に男を騙してお金を借りていたというのか?でも、一つだけ確実な事実がある。僕は1円も騙し取られていない。むしろ、色々御馳走してもらったり、観光案内してもらったりした。これから、騙そうとしていたのだろうか?もう、これ以上かかわらない方がいいのかもしれない。
 それから数日間、僕はその事に付いてなるべく考えない様にしていた。忘れよう、考えても仕方が無い、どうにもならないと思っていた。4日後の午後、ふいに携帯に着信があった。僕は、たまたま買い物に行っていて着信に気付かず、帰ってきてから気付いたら不在着信になっていた。留守録メッセージは入っていなかったが、彼女の番号からの着信だった。僕は、慌てて電話してみたが、やはり圏外か電源が入っていないというメッセージが流れた。電話をかけたが、その後直ぐに電源を切ってしまったのだろう。借金取りに追われているのだろうか?
やはり彼女の事が気になった。心に引っかかる物があって、すっきりしなかった。どうせ時間があるのだから、彼女を探して真相を突き止めてみよう。そうすれば、きっとすっきりする。僕はそう思った。でも、彼女は失踪している。いったい、どこに行ってしまったのだろうか?大津の近くに居るのだろうか?それとも、遠くへ行ってしまったのだろうか?
僕は、彼女と出会ってから、今までにメールや会ってやり取りした中で、何か手がかりになることは無いかと思い返してみた。その時、ふと僕が大津に泊まった夜、彼女と話した事を思い出した。
 『北海道』
彼女は、北海道に行きたいと言ってた。もしかしたら、彼女は北海道に行ったのかもしれない。しかし、北海道のどこに行ったのだろう?漠然と北海道と言っても、余りにも広すぎる。僕は、彼女とのあの夜の会話を思い出そうとしていた。池田ワインの話をした。それから僕が、納沙布岬と宗谷岬は凄くいいと行ったら、行ってみたいと言っていた。彼女は、納沙布岬か宗谷岬に行ったのだろうか?
その時、僕はふとひらめいた。彼女からの電話に、留守録メッセージは入ってなかったが、自動応答してから、彼女が切るまでに5秒くらい無音の部分があった。おそらく、何かメッセージを残そうか、迷ったのだろう。その無音部分に、周囲の音が入っていたかもしれない。それを聴けば、彼女の居場所がわかるかもしれない。僕はそう思った。
 僕は、改めて留守録メッセージを再生してみた。ボリュームを最大にして、耳を澄まして聴いた。大きなノイズに紛れて、周囲の人の声が聞こえる。会話の内容はわからないが、観光地なのだろうか。にぎやかな子どもの声が聞こえる。バックで、何か曲が聞こえる。僕は、繰り返し聞いてみた。何かの歌の様だ。何の歌かは判別できない。更に繰り返し繰り返し聞いてみる。どこかで聴いた事があるような、懐かしい曲の様な気もする。
「♪・・て はまな・・」と聞こえた。「て」は前の小節の最後だろう。「はまな・・」が次の小節で、何かを歌っていると思う。「はまな」という言葉から直ぐに連想するのは、「浜名湖」「浜中」・・・。浜名湖は北海道では無いが、浜中なら北海道である。浜中の歌なのか?でも、僕が懐かしいと思ったのはなぜか?浜中の歌を聴いた覚えは無い。
 その時、僕はひらめいた。「ハマナス」だ。北海道といえばハマナスだ。ハマナスが出てくる歌といえば、『知床旅情』だろうか?確か、羅臼の町では知床旅情が流れていた。春花は羅臼に居るのかもしれない。僕は、早速『知床旅情』の歌の歌詞を調べてみた。1番の出だしに、『知床の岬に ハマナスの咲く頃』という歌詞がある。しかし、この歌詞では「・・て はまな・・」にはならないだろう。「ハマナス」の部分の音階も違っている。僕はがっかりした。羅臼ではない様だ。インターネットで、「歌詞 ハマナス」で検索してみる。驚いた事に、ハマナスを歌った歌は予想以上にたくさんあった。この中から、あれだけの手がかりで見つける事は、相当困難を極めると思った。「て ハマナス 歌詞」で再度検索してみる。すると、『宗谷岬』と出た。そうだ、思い出した。あれは宗谷岬の歌だ。岬の先端でエンドレスで流れている、あの歌だ。僕は、何度も宗谷岬に行って、その度にあの曲を聴いた。それで、懐かしい感じがしたのだ。数時間前、春花は宗谷岬にいた可能性が高いと、僕は確信した。
僕は、明日の朝、北海道に行こうと思った。

第5章 北へ

 羽田を11時丁度に出る、稚内行きの直行便があった。一日一本しかなく、あとは千歳行きに乗って、千歳で飛行機を乗り継いで行くかJRに乗り換えて特急で行かなければならない様だ。僕は、一刻も早く行きたかったので、迷わず直行便を選んだ。夏のシーズン前だったためか、幸運な事に1つだけ空席があった。ボーイング737という小さなジェット機だったが、2時間弱で稚内に着いた。
初夏の稚内は肌寒かった。気温は15度位しか無いようだ。僕はレンタカーを借りて、とにかく宗谷岬に行ってみようと思った。昨日のあの時間帯に宗谷岬にいたという事は、もういない可能性が高いが、それでも行ってみようと思った。
 岬には、空港から車で30分程で着いた。午後2時少し前だった。携帯の着信履歴を見ると14時21分とある。昨日の今頃、春花はここに居たのではないだろうか。
 みやげ物屋に入ってみる。夏休み前の平日という事で、割と空いていた。売店のおばさんに、春花の写真を見せて聞いてみる。
「昨日の午後2時頃、この女性を見かけませんでしたか?」僕は言った。
「う〜ん、どうだったかなぁ。」そういいながら、彼女はメガネを持ち上げて写真を見ている。
「この、一緒に写っているのはあんただね。」彼女は言った。
「はい、そうです。」僕は言った。
「この、着ぐるみは?」
「ひこにゃんです。彦根のゆるきゃらなんです。」僕は、そんな事はどうでもいいんだけどと思いながら言った。
「ひこにゃんねぇ・・・。」彼女は、春花より、ひこにゃんに興味があるらしかった。僕は、これ以上この人は何もわからないだろうと思い、違う人に聞こうと思った。その時、
「待って。あんたの携帯、ちょっと見せて。」彼女は言った。
「これですか?」僕は、そんな事はどうでもいいんだけどと思いながら、携帯を手渡した。彼女は携帯ではなく、くくり付けられたひこにゃんを見ている。
「ひこにゃんねぇ・・・。」あくまで、ひこにゃんに興味があるらしかった。
「では、ありがとうございました。」僕はそう言って帰ろうとしたとき、大声で言った。
「思い出した!」おばさんは、僕の方を見て言った。
「何をですか?」
「携帯にひこにゃんを付けてるだろう?」
「え?あ、彼女の携帯ですか?」
「そうそう。」
作品名:つばめが来るまで 作家名:夜汽車