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つばめが来るまで

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「ああ、後からついていくから、気をつけてね。」
「はい、こっちです。」春花はそう言って、ふらふら歩き始めた。階段と言っても昔の日本家屋なので、限りなく垂直に近い梯子と言った方が良い。僕は、春花が階段から落ちたら困るなと思った。
「大丈夫?階段、上れる?」僕は言った。
「う〜ん、無理かも。おんぶしてくれますか?」
「え?おんぶして上るのは危ないなぁ。」
「冗談、冗談。大丈夫ですよぉ。毎日上ってますから。」
僕は、「毎日、泥酔して上っているのか?」と思いつつ見ていると、確かに器用にするすると上って行く。
「さすがだなぁ。」と、僕が感心して見ていると、上りきったところで、部屋のドアを指差して言った。
「ここです。」
ドアを開けると、女性らしい可愛らしい部屋があった。春花はベットに倒れこんで、そのまま眠ってしまった。僕は、近くにあったタオルケットをかけると、部屋を出ようとした。
「・・待って。一人にしないで・・。」春花が言った。
「え?」僕が振り返ると、春花は寝息を立てていた。
「なんだ、寝言か。」僕は独り言を言った。その時、春花の頬に涙が流れた。何かつらい夢を見ているのだろうか。たった一人で、両親から受け継いだ店を経営して来て、つらい思いをたくさんしているんだろうな、と僕は思った。春花が思わず言った、『私を助けてください。』という言葉。何か彼女の力になれる事は無いだろうか。『私を守ってください!』という叫び。彼女は、一体、何から守って欲しいのだろうか。
僕は、どこに寝たらいいかわからなかったので、さっきの居間で座布団を並べて眠る事にした。僕も、軽い酔いのせいか、ぐっすり眠る事ができた。
気が付くと、周りは明るくなっていた。僕の上には、タオルケットがかけられていた。台所で、水道の音がした。寝ぼけ眼で歩いていくと、春花がエプロンをかけて朝食の準備をしていた。
「あ、おはようございます。ごめんなさい。私、昨日すっかり酔ってしまって。全然覚えてないんです。なんか変な事、言ってませんでしたか?」春花は言った。
「そうかぁ、全然覚えてないのか。じゃあ、あの事も覚えてないんだ・・。」
「え?何ですか?あの事って?」
「いや、知らない方がいいなきっと。」
「何ですか?気になるじゃないですか?私、なんか変な事しました?」
「いや、知らないなら、その方が幸せだよ。」
「ええ?なんですか?気になるじゃないですか。教えてくださいよ。」
「内緒。教えてあげない。」僕は悪戯っぽく笑った。
「ええ?気になるなぁ。」
「あ、魚が焦げてるよ。」
「ああ!本当だ!どうしよう?」
「大丈夫、そのくらいなら食べられるよ。」僕は笑いながら言った。
 春花が元気になった様で、良かったと思った。
 朝食を食べながら僕は言った。
「お店の開店は何時?」
「一応、10時ですけど。」
「そうか。じゃあ、僕は駅まで歩いていくから、気にしないで店を開けて。」
「そんな。駅まで車で送っていきます。」
「いいよ、丁度運動になるから。歩いて行くって。」
「駄目です。送らせてください。」
「頑固だなぁ。」僕は呆れて言った。
「そうです。私は頑固なんです。嫌いになりました?」春花は言った。
「いや、そんな事は無いよ。大好きだよ。」僕はそう言ってから赤くなった。
「・・あ、ありがとう。私もです。」春花も小声で赤くなって言った。
 大津の駅には、9時40分ごろ着いた。
「ありがとう。じゃあ、またね。メールするね。」僕は言った。
「こちらこそ、ありがとうございました。お元気で・・。」春花はそういうと、泣きそうになった。
「嫌だなぁ。もう最後のお別れみたいじゃないか。」僕は微笑んで言った。
「変ですね、私。」春花も微笑みながら、涙を拭った。
 電車のドアが閉まって、僕達は手を振って別れた。春花は、見えなくなるまでホームで見送っていた。

第4章 再訪

 大津から帰って、直ぐに僕はお礼のメールを送信した。しかし、春花は忙しいのか、返信はなかなか来なかった。一週間経っても返信は無く、僕は少し不安になって来た。いつも忙しくても、1週間以内には必ず返信が来た。何か、あったのだろうか?会った時は、だいぶ疲れていた様に見えた。疲労で倒れたりしてないだろうか?僕は、だんだん心配になり、春花の携帯に電話してみた。
「お掛けになった電話は、現在電波の届かない場所にいるか、電源が入っていません。」冷たい自動応答メッセージが流れた。どうしたのだろう。家の電話にもかけてみたが、留守番電話になっていた。僕は、ますます不安になった。そして僕は、もう一度大津に行ってみようと思った。
 前回同様、朝早い新幹線で東京を立ち、10時前に大津に着いた。駅から、商店街を抜けて春花の家に歩いて行く。きっと、元気な顔の春花が店先で、『忙しくて、なかなか連絡できなくてごめんなさい。』と言うに決まっている。僕はそう願って歩いた。
 春花の家に着いた。店はシャッターが閉まっていた。今日は定休日ではないはずだった。よく見ると、貼紙がしてあった。
『大変勝手ながら、しばらく店を休ませていただきます。店主』
 僕は、愕然とした。裏側の玄関に回ってみる。こちらも鍵が閉まっていた。ドアフォンのボタンを押すが、応答は無い。改めて、携帯にかけてみたが、やはり圏外か電源が入っていないというメッセージが流れた。
『失踪』という文字が頭に浮かんだ。
 思えば、僕が勤めていた会社の社長も、失踪したまま、まだ行方がわかっていない。春花の店も、経営が相当苦しかったのだろうか?
「留守だろう?」不意に後ろから声がした。見ると、40代位の男が立っていた。
「返事は無いです。」僕は言った。
「俺も、3日前から何度も来ているんだけど、ずっと留守のようだ。やっぱり騙されていたんだなぁ。」
「騙されていた?」
「あんたもそうなんだろう?可愛い顔して、男を何人も騙すなんて、図太い女だな。」
「騙されていたって、どういうことですか?」
「結婚の約束でもしていたか?それとも、それをチラつかせて金を借りたのか?」
「金を借りた?」
「ああ。あんたも騙し取られたんだろう?俺もやられたんだ。300万程だけどね。あんたは、いくら取られたんだい?」
「僕は別に・・・。」
「まあいい。とにかく、ここには居ないよ。どこに逃げてしまったのか・・。あんたは、行方を知らないか?」
「・・・。」
「そうか・・、じゃあな。」男はそう言うと去って行った。
 僕の頭の中では、さっきの男の言葉がぐるぐる回っていた。
「可愛い顔して、男を何人も騙すなんて。」
「あんたも騙し取られたんだろう?俺もやられたんだ。」
考えたくは無いが、頭の中で一つの言葉が浮かんだ。
『結婚詐欺』
僕は、騙されていたのか・・。
僕は、しばらく愕然としたが、とにかく周りの家の人に聞いてみる事にした。ちょうど、向かいの商店の女性が店を開けるところだった。
「すみません。向かいのブティック『すずらん』の事なんですが・・・。」
「あんたも借金取り?いい加減にしてよ。仕事にならないじゃないか!私は、あの子の行方は知らないよ。」中年の女性は吐き捨てるように言った。
「おばあさんは、どうしているのですか?」
作品名:つばめが来るまで 作家名:夜汽車