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つばめが来るまで

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「ああ、ごめんなさい。お引止めしてしまって。今日は本当にありがとうございました。」彼女は言った。
「明日は、おばあさんを迎えに、ここまで来ます。何時がよろしいですか?」僕は言った。
「とんでもない。私が連れて行きます。お宅はどちらですか?」
「さいたま市なんです。遠いから、僕が新宿まで出てくるからいいですよ。それに、良かったらおばあさんに、東京を案内してあげたい。巣鴨とか、浅草とか。」
「そんな、申し訳ないです。面倒見ていただくだけでも申し訳ないのに・・。」
「おばあさんは、折角、東京まで出てこられたんだから、多少は観光してみたいでしょう。どうせ暇だし、ご案内しますよ。」僕は言った。
「春花。こちらは、お前の彼氏かい?」おばあさんは、言った。
「そうよ。素敵な人でしょう。」彼女は言った。
「優しい彼氏で良かったねぇ。」おばあさんは微笑んだ。
 彼女と僕は顔を見合わせて笑った。

 翌日は、ホテルのロビーで待ち合わせをして、おばあさんを連れて東京を案内した。始めに巣鴨の鬼子母神に行ったところ、
「ここは、何度も来た事あるよ。」と言われちょっとがっかりした。
それから浅草の浅草寺に行った。雷門の前に立つとおばあさんはボソッと、
「ここも、何度か来た事あるよ。」と言った。僕は苦笑するしかなかった。
 僕は、ここは行った事が無いだろうと思い、
「スカイツリーに行きますか?」と聞くと、
「そういう洒落たもんは、わしにはあわん。」との事だった。
午後3時に、東京駅で春花と待ち合わせをした。
「本当に、色々ありがとうございました。」春花は深々と頭をさげた。
「僕も楽しかったですよ。」僕は言った。
「これは些少ですが、私の気持ちです。」そう言って、彼女は封筒を差し出した。見ると、中には1万円札が入っていた。
「こんなもの、もらえません。僕は、暇だったからお付き合いしただけです。これはしまってください。」僕は言った。
「とんでもないです。このくらいでは全然足りないのですが、気持ちばかりですから受け取ってください。」彼女は言った。
「これは受け取れません。じゃあ、こうしましょう。今度、僕が大津に遊びに行きます。その時に、付き合ってくれませんか?」僕は言った。
「それは嬉しいですが、それだけでは申し訳なくて。」
「世の中、お互い様です。僕が、大津で迷子になった時、助けてもらうかもしれない。」
僕は笑いながら言った。彼女は、
「そうですか。では、せめてこれだけは受け取ってください。」と言って、ラッピングされた小さな箱を渡した。
「これは・・・。」
「ちょっとしたアクセサリーです。気に入っていただけるかわかりませんが、心ばかりの気持ちです。」彼女は言った。
「そうですか。では、ありがたく頂戴します。ありがとうございます。」僕は言った。
「今日は、初めての場所ばかりで、楽しかったですよ。」おばあさんは言った。
「そ、そうですか?良かったです。」僕は言った。
「良かったわね。おばあちゃん。いろいろ案内していただいて。」彼女は言った。
「春花。こちらは、お前の彼氏かい?」おばあさんは、言った。
「そうよ。素敵な人でしょう。」彼女は言った。
「優しい彼氏で良かったねぇ。」おばあさんは微笑んだ。
 新幹線のホームに、彼女とおばあさんを見送りに行った。
「では、本当にありがとうございました。お元気で。」彼女は言った。
「御迷惑でなければ、連絡します。」僕は言った。
「お待ちしています。それから、絶対、大津に遊びに来てくださいね。」彼女は言った。
 彼女とおばあさんは、『つばめ』ではなく『のぞみ』に乗って、帰って行った。帰りの電車の中で、彼女のくれた贈り物を開けてみた。中から、ひこにゃんの携帯ストラップが出てきた。

第2章 琵琶湖周航の歌

 僕の求職活動はなかなか上手く行かなかった。書類を出しても、殆どは書類選考で落とされてしまった。上手く面接まで進んだとしても、そこで落とされて、採用には至らなかった。でも、僕は特に落胆する事も無く、日々の生活を送っていた。
あの日以来、僕は春花に時々メールを送る様になった。彼女は、忙しいらしく、直ぐには返事は来なかったが、必ず返事をくれた。3ヶ月ほど経った7月のある日、彼女が店を休みに出来て、仕入れが無い日に、僕は大津に遊びに行く事にした。
東京を朝7時に出る『のぞみ』に乗って、京都で乗り換え、大津には9時38分に着いた。駅には、彼女が迎えに来てくれていた。
「お久しぶり。元気にしてた?」僕は言った。
「ええ、仕事は忙しいけど、元気です。」春花は笑った。
「おばあさんは元気?」僕は言った。
「ええ、今日はデーサービスに行ってるけど、元気にしてますよ。」
「そうか、今日はいないんだ。おばあさんの顔も見たかったなぁ。」
「私たちに遠慮したのだと思います。『彼氏が来るなら、わしはデーサービスに行ってる』と言って。」僕は、「認知症のお年寄りが、そんな事を言うのかな?」と思いつつ、
「そうなんだ。」とだけ言った。それから続けて、
「毎日の介護は大変でしょう?」と、僕は言った。
「ええ、多少は。でも、お店で働いてくれているおばさんも、よく面倒見てくれているので、助かるんです。」
「そうか、それは良かったね。」僕は言った。
「ところで、どこに行きますか?案内しますよ。」春花は言った。
「まずは、琵琶湖が見たいなぁ。あと、ひこにゃんかな。」
「え?ひこにゃんに会いたいんですか?」
「これ、気に入ってるんだ。」そう言って、春花のくれた携帯ストラップを見せた。
「あ、使ってくれているんですね。嬉しい。」そう言って、春花は自分の携帯を見せた。春花の携帯にも、ひこにゃんがぶら下がっていた。
 春花の運転で、僕たちはまず、琵琶湖を見に行く事にした。琵琶湖は大津市でも見えるが、春花のお奨めの展望台から見ることにした。
「ごめんなさい。おしゃれな車じゃなくて。」春花は言った。車は、横に『ブティックすずらん』と書かれた、白い軽のワゴン車だった。
「とんでもない。車で案内してもらえるなんて、ありがたいよ。」僕は言った。
「ロマンチックなデートという雰囲気ではないでしょう?」春花は言った。
「そうか、これはデートだったのか。」僕は言った。
「そうですよ。デートじゃないと思ってたんですか?」春花は言った。
「あ、いや、そう思ってくれるなんて嬉しいよ。」僕は言った。
「ところで、求職活動の方はどうですか?」
「全然、箸にも棒にも引っかからないね。」
「そうですか。大変ですね。」春花は言った。
「店の方はどう?」僕は言った。
「今一つですね。パートのおばさんの給料を払うのが厳しい状況です。」
「大手の店に押されているの?」
「ええ。ウニクロとかシバムラとか、大手の衣料品店が進出してきて、うちの様な零細店はとても厳しいです。」
「そうか。みんな、大変なんだね。」僕は言った。
「親戚のおばさんは、頻繁にお見合いの話を持ってきてくれて、サラリーマンの人と結婚しちゃえば、なんて言ってくれるんですけど。」
「そんな話があるんだ。」
作品名:つばめが来るまで 作家名:夜汽車