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つばめが来るまで

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「ここから歩いて帰れるのではないんですね。」僕は言った。
「だから、つばめを待っているんだよ。」おばあさんは言った。
 話が見えてこない。なぜ、家に帰るのにツバメを待っているんだ?でも、認知症のお年寄りの典型的なパターンである。認知症の患者は、つじつまが合わない話をするものである。
「では、お住まいの町は、どんな電車が走っている街なんですか?」
「緑色の電車だよ。」
「何線の電車ですか?」
「そういう難しい事はわからないねぇ。」
「じゃあ、いつもここから乗っていたのですか?」
「どうだったかなぁ?」
 やっぱり無理だ。これでは、家まで連れて行ってあげることなんて出来る訳ない。やはり交番に連れて行くしかないか。
「おばあさん、交番に行きましょう。そうすれば、おまわりさんが家を探してくれますよ。」
「わしは一人で帰れるから、交番など行かんでもいい。」
「では、これからどうやって帰りますか?」
「だから、つばめを待っているんじゃ。」
話は平行線であった。しかし、このまま置いて帰る訳にもいかない。
「おばあさんの街を走ってる電車って、どんな電車ですか?」
「どんなって、普通の電車だよ。普通に、道路を走るんだ。」
「道路を走る?もしかして、電車って路面電車のことですか?」
「そういう難しい事はわからないねぇ。」
「電車が、車と一緒に道路を走るんですね?」
「ああ、そうだよ。」
 重要な手がかりを得た。路面電車の走る街と言ったら、相当限定されるのではないか?でも、この辺りで路面電車の走る街なんてあるのか?僕は直ぐに都電荒川線を思い出した。都電荒川線は、緑の電車だったはずだ。都電荒川線である可能性は高い。しかし、どうしてここまでやって来たのだろう。都電荒川線が接続する駅は王子だったか?王子から京浜東北線に乗って、途中で山手線に乗り換えて来たのだろうか?僕は手帳の路線図を見た。そうか、都電荒川線は大塚で山手線と接続している。都電荒川線で大塚まで来て、山手線に乗ったのだろう。僕はそう推理した。
「では山手線で帰りましょう。」僕は言った。
「いや、つばめを待っているんだ。」おばあさんは頑なに言った。
 なぜ、家に帰るためにツバメを待たなければならないのだ?意味不明である。
「困ったな。」僕は独り言を言った。
その時、鉄道警察隊の人が丁度やって来た。
「どうかしたのですか?」50歳くらいの警察官が訊ねた。
「このおばあさんが、家に帰れなくなってしまった様なんです。」僕は言った。
「そうなんですか?」警察官がおばあさんに訊ねた。
「わしは、自分で家に帰れるよ。」おばあさんは答えた。
「そうですか。おかしいな。あなたの言っている事と違いますね。」警察官は怪訝そうに言った。
「でも、家の場所を尋ねても答えられないんです。」僕は言った。
「わかりました。ちょっと、事務室まで来てください。」警察官は言った。
「え?僕がですか?」僕は驚いて言った。
「何か、都合悪い事でもありますか?」警察官は意地悪く聞いた。
「別に、何もありませんが。わかりました。事務室で事情を説明しましょう。」僕は言った。警察官は、そのまま僕だけを連れて行こうとしたので、僕は慌てて、
「おばあさんを一人にしてしまってはまずいでしょう。一緒に連れて来ないと。」と言った。
「なぜ?おばあさんは、関係ないでしょう。」警察官は言った。
「何か誤解されているようですが、一人にしておくと心配です。保護してあげてください。」僕は言った。
「何を言ってるのかわからないな。とにかく来なさい。」警察官は言った。
 僕は仕方なく、駅の事務室に行った。
「名前と、職業は?」警察官は言った。
「なぜ、いきなりそんなことを聞くのですか?僕が何か悪い事をしたのですか?」僕は言った。
「言えない理由でもあるのかね?」警察官は言った。
「まるで犯人扱いですね。何を疑っているのですか?」僕は逆に聞いた。
「とにかく、名前と職業を言いなさい。」警察官は強い口調で言った。
「瀬戸真人です。職業は現在無職です。」僕は言った。
「無職か。」吐き捨てるように言った。
「一週間前、10年間勤めていた会社が倒産したんです。それで、無職になりました。」僕は言った。
「それで、おばあさんの財布でも狙ったのか?」警察官は言った。
「それは心外ですね。僕は、おばあさんが一人で午前中からずっと座っていたので、心配になって声をかけただけです。それで、話してみたら、認知症の様で、ご自分の家がわからなくなっている様だったので、何とかしてあげないとと思っていたんです。」
「おばあさんは、自分で帰れると言っていたじゃないか。」警察官は言った。
「それが認知症の典型的な症状でしょう?そんなことも知らないんですか?」僕は言った。それを聞いて警察官はむっとした様だったが、
「じゃあ、もう一度おばあさんに聞いてみよう。」と言って事務室を出て行った。
しばらくすると警察官は帰って来て言った。
「おばあさんは、もう居なかった。多分、家に帰ったのだろう。やはり、お前は嘘をついていたな。」
「え?居なくなった?」僕は心配になった。どこに行ってしまったのだろう?
「さあ、何をしようとしていたか正直に言うんだ。」
「だから、ただ心配だったから声をかけただけだって言っているでしょう。」
 その時、事務室のスピーカから業務連絡が流れた。
「東京駅で、80歳くらいの女性が行方不明になりました。服装は、上はグレーのカーディガン、その下はクリーム色のセーター、下は紺色のズボンをはいて、茶色のがま口バックを持っています。見かけた場合は、東京駅丸の内分駐所まで連絡してください。」
「あの、おばあさんだ!」僕は思わず叫んだ。警察官も直ぐに気付いた様だ。
「じゃあ、本当にあのおばあさんは、帰れなくなっていたのか?」
「だから言ったでしょう!おばあさんを保護してあげてくださいと!」僕は言った。
「まだ、駅のどこかに居るかもしれない。」警察官は言った。
「探しましょう。おばあさんが心配です。線路にでも落りていたら、大変です。」僕は言った。警察官は急に顔色を変えて事務室を飛び出して行った。
僕達は駅の中を探した。少しして、トイレでおばあさんを発見した。
「いたぞ!!」警察官は叫んだ。
「おばあさん!無事でしたか?」僕も叫んだ。
「ああ、トイレに行きたくなってね、若い女の子に案内してもらったんだけど、戻れなくなってしまって・・・。」おばあさんは言った。
 それから、駅の事務室に戻って話を聞いた。といっても、話はさっきと全く同じである。その間に、別の警察官が丸の内分駐所に連絡した。家族の人が、ここまで迎えに来るくれるそうだ。とりあえず、おばあさんが帰ることが出来るようになって良かったと思った。

「おばあちゃん!!心配したんだから!」振り返ると事務室の入り口に、20代の紺のスーツを着た女性が立っていた。
「ああ、春花か。どこに行ってたんだい?」おばあさんは、自分はずっと待っていたんだという風に行った。
「すみません。祖母がお世話になりまして。」春花と呼ばれた女性は、そう言って警察官に向かって頭を下げた。
作品名:つばめが来るまで 作家名:夜汽車