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つばめが来るまで

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「そうですか。ありがとうございます。では、この列車の1本前の根室発の普通列車の車掌さんに、お聞きする事は出来ますか?」
「ああ、車掌区に居るかもしれません。ちょっと確認してみますね。」
 車掌さんはそう言って、携帯電話を取り出し、確認してくれた。
「もしもし、高井です。ちょっと、調べて欲しいんですが、今朝の5624Dの車掌は誰だったかわかりますか?」
「はい。・・・はい。え?ああ、石田さんですか?わかりました。ありがとうございます。」そう言って電話を切った。
「石田という車掌で、折り返し乗務で、下りの『ノサップ』に乗っています。」
「下りの『ノサップ』ですか。」僕は言った。
「この列車が折り返し下りの『ノサップ』になります。あの人が石田さんです。」車掌さんはそう言って列車内に居る車掌を指差した。
「ありがとうございます。助かりました。」
「どういたしまして。それでは。」そう言って車掌さんは去って行った。
 僕は、快速『ノサップ』の車掌さんに聞いてみた。
「すみませんが、この女性を今朝の根室発の普通列車の車内で見かけませんでしたか?」と僕が言うと、車掌さんは写真を見て直ぐに、
「ああ、いらっしゃいましたよ。」と言った。
「本当ですか?!釧路まで乗って来たのですか?」
「ええ、そうです。」
「でも、よく覚えていらっしゃいましたね。」僕は言った。
「ええ、釧路湿原の事を聞かれましてね。釧網線で行くなら、どの駅で降りたら良いかと聞かれました。それで私は、釧路湿原駅が良いですよとお答えしました。」
「なるほど、それで覚えていたのですね。では、そのあと釧路湿原に行く感じでしたか?」
「ええ。多分、9時05分発の、快速『しれとこ』に乗られたんじゃないかと思います。」
「ありがとうございました。助かりました。」僕は言った。しかし、根室発朝一の6時前の列車に乗るとは予想外だった。駅の近くのホテルだとしても、5時には起きないと間に合わないだろう。そういえば、僕が大津に行った時も、朝早くから起きて朝食の用意をしてくれた。春花はいつも早起きなのかもしれない。
 快速『ノサップ』は根室に向けて発車して行った。僕がさっきの車掌さんにお辞儀をすると、笑顔で敬礼して去って行った。時刻表を見ると、次の釧網線は11時36発だった。僕は時刻表を見ながら考えた。もし、春花が釧路湿原を見た後、釧路に戻ってくるとすると、12時59分まで列車はないので、駅で待っていれば必ず現れるだろう。もし、知床に行くとすれば、僕が乗って行く列車に釧路湿原駅から乗るか、それより後の列車になるだろう。いずれにしても、春花が釧路湿原駅で降りていれば、このいずれかの行動になる。だいぶ追い詰まってきたなと思った。唯一心配なのは、春花が気が変わって釧路湿原には行ってないという可能性がある事である。その場合、もうどこに行ってしまったのかわからない。でも、僕が大津を訪ねた夜に北海道の話をした時、確か僕は「納沙布岬と宗谷岬、それに釧路湿原や知床がお勧め」と言った。今までの春花の行動を見ると、この通りに進んでいる。とすれば、今、釧路湿原にいて、これから知床に向かうという可能性が高いと思う。これにかけるしかないと僕は思った。
少し待つと、ホームには11時36分発の網走行き普通列車が入って来た。僕は、車内に入って発車を待った。定刻の11時36分に、列車は網走に向けて発車した。少し走ると根室本線と分かれて釧網線に入る。もうそこは、釧路湿原の一部であった。車内からでもすばらしい景色である。18分程で11時54分、釧路湿原駅に着いた。僕は目を凝らして駅のホームを見た。乗客は数人いたが、春花はいない様だった。春花が釧路に戻る場合、12時59分に乗るだろうから、まだ1時間近くある。知床方面に行く場合は、次の列車は13時40分である。いずれにしても、この駅に戻ってくるはずだ。
僕は、とりあえず細岡展望台に行ってみる事にした。山道をしばらく登って行くと、細岡展望台がある。僕は、急ぎ足で展望台に登ってみた。展望台には観光客の姿はなく、誰もいなかった。春花はどこに行ったのだろう?僕は展望台を降りて、もう一つの展望広場の方に行ってみる。こちらにも春花は居なかった。アート広場も見てみたが、やはり春花は居なかった。細岡ビジターズ・ラウンジにも行ってみた。中はそれほど広くはなく、ここにも春花は居なかった。この辺りで、駅から歩いて観光できる場所は、これくらいしか思いつかなかった。もしかして、春花は気が変わって釧路湿原には来なかったのではないだろうか。僕は落胆して駅に戻った。
その時、杖をついたおばあさんが、若い女性に支えられて駅の方に歩いて来た。おばあさんは女性に向かって、
「ここまで来れば大丈夫です。ありがとうございました。おかげさまで助かりました。」とお礼を言っている。心が温かくなる様な、とても優しい光景であった。おばあさんの連れと思われる年配の男性も、「ありがとうございました。」とお辞儀している。
女性は、おばあさんに手を振り、振り返ってこちらに歩き出だした。その時、僕は自分の目を疑った。その女性が、春花であった。
 やっぱり、神様は僕の味方だった。
 春花は、こちらを見て驚いて立ち止まった。僕は笑顔でこう言った。
「お久しぶり。元気だった?」
 春花は、黙って立ちすくんでいた。それから、急に駆け寄って来て、僕に抱きついた。
「本当だ・・。真人さんは、私の近くに居た。」春花は言った。

第6章 再出発

 それから、春花は今までのことを話してくれた。
「実は、私も知らなかったんだけど、両親は以前から相当の借金をしていたらしいの。店の経営が、相当苦しかったみたい。両親が無くなってしばらくしてから、借金の契約書を持った人が次々にやって来たの。合計で、1200万円位あった。私は、自分の貯めて置いた貯金が300万円くらいあったので、それは返済に充てて、残りは直ぐには返せないけど、少しずつ返すから待って欲しいと頼んだの。でも、1年経っても、2年経っても、借金を返すどころか、かえって借金が増えるくらい経営は厳しかった。私は、もう駄目だと思って、自己破産の手続きをしようと思ったの。それが、一週間前のことだった。
でも、債権者がその事をどこかで知って、押しかけて来たの。それで、身の危険を感じて、一時的に雲隠れする為に旅に出たの。でも、それでどうなるわけでもないし、借金は返せないでみなさんにご迷惑をかけるんだから、せめて死んでお詫びするしかないと思ったわ。でも、あなたのメールを見てはっとしたの。自分の事を、こんなに大切に思ってくれている人がいる。もし、私が世をはかなんで身を投げたら、この人はどんなに悲しむだろうか?そして、どんなに悔やむだろうか?私は、自分の大切な人に、そんな重荷を一生背負わせてもいいのだろうか?それで、もう少し考えてみようと思い直したの。」
「おばあちゃんはどうするつもりだったの?」
「おばあちゃんは、父方の遠い親戚に預けてあるの。年金も向こうで受け取れるようにしたわ。」
「そうだったのか。じゃあ、僕はどうなるの?」
「え?真人さんがどうなるかって?」
作品名:つばめが来るまで 作家名:夜汽車