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つばめが来るまで

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「そうだよ。僕は、就職先が無いから、君の店で雇ってもらって働こうと思っていたのに。君の店の運営資金を1000万円出資して、これから住み込みで一緒に働こうと思っていたのに。」
「え?運営資金?」
「今まで貯めた貯金があるんだ。何かお金が必要になった時に使える様にと、無駄遣いをしないで貯めて置いた。それを、店の運営資金として投資する。だから、僕を雇ってくれないかい。もちろん、儲かったら返してもらうよ。」
「あなたに、そんな迷惑をかけるわけにいかないわ。私は、あなたの優しい心が大好きだった。だけど、その優しい心に甘える訳にはいかない。あなたが、お金が必要になった時に使える様にと、無駄遣いをしないで頑張って貯めて置いた大事なお金じゃないの。そんな、貴重なお金をもらえないわ。」
「あげると言っているんじゃないよ。投資して、儲かったら返してもらう。それに、まさに今が、一生懸命貯めて置いたお金を使うべき時だと思う。」
「・・真人さん。」春花は涙を浮かべて絶句した。
「僕を雇ってくれますか?社長。」僕は言った。
「真人さん・・・。あなたに甘えてもいいですか?」
「もちろんだよ。でも、儲かったら、倍にして返してもらうよ。」僕は笑った。
 それから、春花は少し考えて言った。
「真人さん・・・。それって、うちの店の乗っ取りじゃない?」春花は微笑んだ。
「あれ?そういう事になるかな?」僕は言った。
「是非、私の会社を乗っ取ってください。」春花は言った。
「君の人生はどうする?」僕は言った。
「あなたにお預けします。」春花は言った。
「やっぱり、君は僕が信じた通りの人だった。」僕は言った。
「どうして、そんなに私を信じてくれたのですか?」春花は言った。
「それは、君がおばあさんに対して、とても優しいからだよ。心がとても優しい人なんだと思ったんだ。」
「じゃあ、真人さんも同じですね。おばあさんに、とても優しい。」
「そうかなぁ。僕は、別に優しくなんか無いけど。」
「優しいんです!おばあさんにも、私にも・・・。」
「そうかなぁ。」
「だって、先日、大津に来てくれた時、同じ屋根の下に泊まったのに、何もしなかったじゃないですか。」
「それって、普通じゃない?」
「それを普通って思えるところが、優しいんです。」
「そうかなぁ。」
「そうなんです。私にはわかるんです。」
「あの夜、本当は僕に借金の事を相談したかったんじゃない?それで、おばあさんを親戚に預けて、二人きりになろうとした。」
「ええ、実は、そうなんです。だから、無理にでもうちに泊まってもらったんです。そして、何度も言い出そうとして・・。でも、結局言えませんでした。真人さんは失業中で、お金の相談は出来ないだろうと勝手に思い込んで・・。」
「失業中だから、お金には困っていると思うよね。普通なら。」
「ええ。それに、これ以上御迷惑をお掛けする訳には行かないと思って。」
「実は、意外な隠し財産があったのじゃ。」僕は冗談ぽく言った。
「本当に、驚きました。でも、真人さんらしいですね。とても堅実な生き方です。」
「そうだ、一つ訊いてもいいかな?」
「なんですか?」
「初めて会った翌日、ひこにゃんの携帯ストラップをくれたよね。あれは、東京ではなかなか入手できないと思うんだけど、始めから大津で用意して持って来ていたの?」
「ああ、あれは、得意先で配ると結構喜んでもらえるんです。それで、いつもいくつか持ち歩いています。」
「なるほど、そうだったのか。」
「だから、彦根城に行った時、私達だけのお揃いの物が欲しかったんです。それで、このお揃いの大きいひこにゃんを買ったんです。」
「なるほど。今回、ひこにゃんには、随分助けてもらったよ。」僕は言った。
「ひこにゃんに助けてもらった?」春花は首をかしげた。
「ああ、ひこにゃんパワー炸裂だよ。」僕は笑った。
「そうだ。これはあなたへのちょっとしたプレゼントがあるんだ。」そう言って、春花は小さな包みを僕に握らせた。
「ありがとう。では、エスパーの私が中身を透視してみよう。・・・むむむ、宗谷岬の三角のモニュメントが見える。これは、宗谷岬で買ったキーホルダーじゃな。」
「ええっ?!どうしてわかったの?なんで?」春花はびっくりして聞いた。
「ふふふ、私は全てお見通しじゃ。これからも、私には嘘はつかず、正直に話すのじゃ。いいな。」僕は言った。
「はい、わかりました。でも、どうしてわかったの?ねぇ、教えてよ。」
「わからんかね?私は、『とうし』が得意なんだ。」
「上手い!座布団2枚!」春花が笑った。僕も心から笑った。
実は僕は、気になることがもう一つあった。大津の春花の家に来ていた、借金取りらしい男の「可愛い顔して、何人も男を騙してるなんて・・・」という言葉であった。両親の借金の他に、春花も何ヶ所もに借金をしているのだろうか?
「ご両親がした借金の他に、君も新たに借金をしているの?」僕は訊ねた。
「いいえ、私の代になってからは無借金経営ですけど。」春花は言った。
「そうか、それならいいんだ。」僕は言った。
では、あの男は何であんな事を言ったのだろう?もしかすると、僕にカマをかけたのか?春花が結婚詐欺師の様な言い方をすれば、僕が何か彼女の事で知っている事を話すんじゃないかと思ったのか。それも、そのうちわかることだろう。

 それから、僕達は大津に帰って店を再開した。まず、債権者に借金を返して歩いた。
先日、春花の家で会った借金取りの男にも改めて会った。
「あの時は悪かったな。借金を踏み倒されたと思って、イライラしていた。それで、ああ言ったら、あんたも騙されていたと勘違いして、何か話すかなと思ったんだ。」男は言った。
 前の商店おばさんにも、改めて挨拶に行った。
「あの時はごめんなさいね。あなたも借金取りだと思ったから。春花ちゃんを追い回すと困ると思って、知らない振りをして、冷たくしてたのよ。許してね。」おばさんは言った。

僕の投資したお金で、借金は全て返済できた。しかし、これからの収入がきちんと入るかどうかは全くわからない。僕達の将来は、決して安泰では無い。でも、僕は新しい就職先が出来たし、一生の伴侶も得る事ができた。これからは、春花と手を取り合って、ゆっくりと人生という名の坂道を登って行こうと思う。
僕達の結婚式は、近くの神社で、僕と春花とおばあちゃんだけで執り行った。心から、祝ってくれる人が居ればそれだけで良いと思った。
 式が終わるとおばあちゃんが、思い出した様に言った。
「春花。この人は、あんたの旦那さんかい?」
「そうよ。素敵な人でしょう。」春花は言った。
「優しい旦那さんで良かったねぇ。」おばあちゃんは微笑んだ。

 琵琶湖のほとりの街を、ツバメが飛び交う季節だった。



作品名:つばめが来るまで 作家名:夜汽車