送り屋無情
「それですよ。オマツリっていうのは釣り人にとって一番厄介な問題でね。釣り人同士のトラブルの元にもなるんですよ」
「ふーん、そうなの……」
「市川俊樹がひまご丸に乗った日も、オマツリが頻発していたらしんです。何しろ市川はサバを狙っていたらしいんですよ。しめさばを作りたいとか言って」
「サバとオマツリとどういう関係があるのかしら?」
「サバって奴は針に掛かると、横に走るんです。当然、隣の人ともオマツリをする」
「じゃあ、隣にいた人って……」
「津川博之です」
美雪の中に新たにオマツリという線が繋がった。それは安浦刑事も同じだろう。
「オマツリってそんなに厄介なことなのかしら?」
「仕掛けがダメになっちゃうことが多いですしね。何しろ釣れている時には時間のロスになりますから……」
安浦刑事が腕をこんがらせて、おどけて見せる。その仕草が可笑しくて、美雪はプッと笑ってしまった。
「いやー、バリバリの女探偵、深町美雪もそんな笑い方するんですね。ずっとクールを決め込んでいるのかと思いましたよ」
「あら、私だって人間なのよ」
「あ、これは失礼しました」
謝るその姿が爽やかな安浦刑事だった。美雪はそんな安浦刑事を目を細めて見つめた。
「でも、刑事さん。本当のところは市川俊樹のことを喋りたくて、私を誘ったんじゃないでしょう?」
「参ったなぁ……」
安浦刑事が照れくさそうに頭を掻いた。
「そして、私はあなたに興味を持っている……」
「え?」
安浦刑事は目を丸くした。その爽やかな好青年を殺すには惜しかったが、この男と命の炎を燃やすのも悪くはないと思う美雪であった。
「ホテルに行く?」
美雪のその言葉に、安浦刑事の顔がほころんだ。
「実はホテル、予約してあるんです」
安浦刑事は照れくさそうに言った。
そこは以前に章吾に抱かれたシティホテルだった。そこのラウンジに一人のでっぷりと肥えた中年がいた。安浦刑事がその中年に近づく。
「お約束どおり、深町美雪を連れて参りました」
「ちょっと、どういうこと?」
「ああ、署長がちょっとね、あなたに聞きたいことがあるって……」
「署長?」
美雪が中年の男を見下ろした。でっぷりとした体格に、いかにもふてぶてしそうな仏頂面だ。
「君が深町美雪君だね」
署長は野太い声で美雪を見上げた。その視線は絡みつくような、いやらしい視線だった。