送り屋無情
美雪は深々とその刑事に頭を下げ、警察を後にした。
(新甲丸……。当たってみる価値はありそうね……)
事務所に戻った美雪は新甲丸なる釣り船をインターネットで調べた。主にカサゴをメインに乗り合い船を出しているらしい。出船時間は朝の七時半で午後三時には帰港するらしい。とりあえず新甲丸の住所と電話番号を控えた美雪は、金沢八景に向けて車を走らせた。
「鈴木健吾さんに高島吉蔵さんね。知ってるよ。うちの常連だったんだけど、二人とも亡くなったの?」
船長は船の掃除をしているところだった。桟橋で美雪は船長に九月二日の鈴木健吾の様子を聞こうと思ったのだ。
「当日は結構混み合っていてね。そういえば、鈴木さん、オマツリばかりしていたな」
「オマツリって何ですか?」
「ああ、釣り糸同士が絡み合うことだよ。混雑したり潮が速かったりすると、どうしてもオマツリが増えるんだ」
「他に変わったことは?」
「特にないねぇ……。しかし、鈴木さんも高島さんも事故死なんだろ? 二人重なったのは単なる偶然じゃないかな。帰りには道が混むからね」
船長は甲板をデッキブラシで擦りながら、神妙な顔つきをしていた。
「そう、偶然ね……」
「あっ、そうだ!」
突然、船長が叫んだ。何かを思い出したようだ。
「これも多分、偶然だと思うんだけど、鈴木さんも高島さんも、丁度胴の間でよ。市川さんの隣だったな」
「胴の間って何ですか?」
「船の中央、丁度船長室の脇辺りのことだよ。あまりベテランには歓迎されない席だね。ベテランは船首のミヨシか船尾のトモを選ぶからね。まあ、うちは来た順番で席取りをするんだけど、市川さんはいつも胴の間だな。まあ、稀に胴の間が好きって人もいるんだがね」
「すみません、当日の乗船名簿を見せてもらえますか?」
「ああ、だったら女房に頼んで」
美雪は掘っ立て小屋のようなプレハブの受付で、九月二日と八月二十五日の乗船名簿を見せてもらった。その両日とも市川俊樹という男が乗船していた。他に重なっている釣り人は見受けられなかった。美雪はとりあえず、市川俊樹の住所と電話番号をメモした。
美雪は帰り際に、新甲丸の駐車場も入念に調べたが、特にこれといって不審なものはない。
「はあ、やっぱり単なる偶然よね」
そう呟くと、美雪は車に乗って事務所へと戻った。