送り屋無情
「いいわ……」
美雪が章吾の腕に腕を絡めた。
それから三十分後、美雪と章吾はホテルの一室にいた。ラブホテルではない、普通のシティホテルだ。
章吾は美雪の身体に齧りついている。薄いブランケットがガサガサと擦れる。
「おう、あんたの身体、最高だな」
美雪の上に乗った章吾が感嘆の声を漏らす。美雪はというと、喘ぎ声も漏らさず、章吾の顔を見つめていた。
つかの間の情事が終わった後、ホテルのラウンジで章吾に浮気の証拠写真を渡した。その時の美雪の瞳はやるせなかった。
章吾はというと、「これからもよろしく頼むぜ」と言いながら、満足そうに証拠写真を破いた。それにライターで火を点ける。こうして章吾の浮気現場の証拠写真は灰皿の上で燃えていった。
美雪も章吾も、その火を見つめた。
証拠写真が燃え尽きたところで、章吾は「じゃあ」と席を立った。
「また、連絡をくれよな」
章吾は笑顔で、美雪に手を振った。美雪は表情のない顔で章吾を見送った。
その翌日である。章吾の妻から電話が入ったのは。
「主人が亡くなったんです。心不全で急に……」
「そう、それはご愁傷様です」
「あんな元気だった主人が……。信じられません」
「何か持病は?」
「まったくありませんでした。私、これからどうしていいのか……」
「気をしっかり持ってくださいね。人間、一寸先は闇ってことですよ。それからね、ご主人の素行調査の結果はシロでしたよ。浮気はしていませんでした」
美雪がそう言った途端、章吾の妻が泣き崩れた。涙声で「ありがとうございました」と言っている。
「調査費用は結構ですよ。何も成果がありませんでしたし、あなたもこれからご主人の葬儀とかで、何かと入用でしょうから……」
「ううっ、きっと主人のことを疑った罰が当たったんですわ」
章吾の妻は泣きながらそう言った。
(そう、罰ね……)
美雪は心の中で呟いた。
電話を切った美雪はペーパーナイフを弄びながら、物思いに耽っていた。別に章吾のことを思っていたわけではない。ある初老の紳士のことを思い出していたのだ。
その初老の紳士とはバーで出会った。紳士は美雪の隣に座ると、ジントニックを美雪に奢ってくれた。美雪がお礼を言うと、紳士は目を三日月のようにして笑った。